【第一部】小説「理想の企業」
■何のために目が覚めたのか
「ルルルー、ルルルー、日本の夜明けだ!今日やらないことは明日もやらない。ルルルー」
いつものように目覚まし時計が小さなメロディーを奏ではじめた。この目覚し時計は三百六十五日、毎日違う言葉で起こしてくれる。
「今日やらないことは、明日もやらない」
はっとする言葉だ。毎日どんな言葉で起こされるかわからないから、何となく緊張感がある。
「それでもあと十分でいいから眠りたい・・・」
睡魔は多少の意識など、一瞬で消し去ろうとする。しかし、そんな時でも目が覚めたら、わずかな意識の中で必ず確認することがある。
「何のために目が覚めたのか?・・・そうだ!理想の企業をつくるんだ」
夢を確認するのだ。この習慣をつくるのに六ケ月もかかった。
さらに自分に残された人生の時間を知るために、逆算腕時計を見る。そこには、自分の人生の残り時間が平均寿命をもとに計算され、表示されている。見ているそばから秒単位の数字がどんどん少なくなっていく。毎朝同じことをやっているのに、「寝ている場合じゃない!」と、目が覚める。
人生の時間は減ることはあつても増えることはない。時間は最も大切な財産である。時間の使い方がその人の人生の使い方、つまり生き方である。一時間という時間は、物理的には一定であったとしても、その一時間の使い方は無限にある。どう使うかは全くの自由で、その積み重ねが人生となる。そして、隣で寝ている妻に朝の挨拶をする。
「日本を変えるために目が覚めたよ」
眠そうな声で、妻も付き合ってくれる。
「私も何かできるかしら・・・」
「ここにいてくれるだけでいいよ」
ベッドから飛び出して、顔を洗いながらもう一回夢を確認する。
「理想の企業をつくるんだ!」
タオルで顔を拭きながら台所にくると、少し前に起きた猫のナナはマグロのフレークをおいしそうに食べていた。こちらを振り向くとすぐに小さな声で短く鳴いた。
「おまえは日本のことを考えて、僕よりもはやく起きていたのか」
ナナは無視して食べつづけている。
パソコンの電源を入れると、小笠原社長から励ましのメッセージと、他のスタッフからも元気の出る言葉が贈られてきていた。最近は、こうやってみんなで毎日励まし合っている。
小笠原社長が真っ先に毎日一言みんなにメッセージを送ることをはじめた。それに続いて、今は誰もが励ますことを朝の日課にしている。一人だけではめげそうになることがあっても、励まし合うことで元気になれることがある。朝からいかに意欲を高められるかが、今日の生産性に大きな影響を及ぼす。
小笠原社長はまた、今日一日のスケジュールを細かく報告してくださる。打ち合わせがあれば、その目的と内容までわかるように。みんなは社長が何のために何をしているのかを毎日知ることで、会社全体に一体感が生まれてくる。
業務日報は上司が部下に出すことで、信頼関係はとても強くなり、その結果黙っていたとしても、誰もが自分のスケジュールを報告するようになる。情報の共有化とは情報がくるのを待つのではなく、自分の持っている情報を他に提供することであり、そうすることでしか情報の共有化をはかることはできない。
朝起きてはじめにやることがこのメールでの情報のやりとりだ。毎朝おきてから約二十分間はこのことに時間を費やしている。中にはいろいろな相談もメールで送られてくる。
営業部の伊藤健二がお客様の対応で困っているらしい。
「いつも無理難題を言ってくるお客様がいて困っています。他の仕事にまで影響があり、仕事がすべて中途半端になってしまうのです。気持ちもイライラしてミスが多くなった気がします。こういう時はどうしたらいいのでしょうか」
よし、出番だ、励まそう。
「そのお客様は、とても大切なお客様かもしれません。無理難題があるほど、自分を成長させることができ、それによって他のお客様のいかなる要望にも対処できるようになるのですから。無理難題をこなせるようになることが、ほんとうの成長だと思います。無理難題を言うお客様が、私達を成功へと導いてくださっているのかもしれません。うらやましいな、できることなら今後そのお客様との対応は、私に任せていただけませんか」
開発部の秋山千鶴が人間関係で悩んでいるらしい。
「同じ部署に、何度言ってもわかってくれない人がいるんです。私はあきらめずに言いつづけようと思っていますが、いつまでこの状態が続くのかと思うと、何となく気が滅入ってしまいそうです。アドバイスお願いします」
これは、考え方だけの問題だな。よし励まそう。
「他人に期待をすると、裏切られて不満となって自分に返ってきます。不満やストレスは、他人を自分の思い通りにしようとする自分の考え方から起こるものなのです。他人に期待するのではなく、他人を信頼しましょう。少しずつ信頼していけばいいと思います。
また、他人は鏡といいますが、相手がわかってくれないのは、自分が相手のことをわかってこなかっただけなのかもしれません。まずは自分が相手に言われたことを、言われた以上に実行して見せて、相手を感動させましょう。まさかここまで!と言わせましょう」
大野隆からも相談のメールが来ている。
「こんどはじめての仕事につきました。経験もまったくない仕事なので、うまくできるかどうか、失敗しないか心配です」
「心配いりません。何をやっても簡単にはうまくいかないでしょう?本当の失敗とは、自分があきらめた瞬間だけです。一つの失敗からは一つのノウハウを知ることができると考えれば、失敗するほどノウハウがたまることになり、次にうまくいく確率もどんどん上がっていきます。失敗するほど成長することができると考えれば、失敗も必要なことになるかもしれません。うまくいくかどうかを心配するよりも、一生懸命にあきらめずに取り組んでいきましよう。あきらめない限り、人生に本当の失敗はありませんから。」
こう書きながら、佐藤はいつも思うことがある。こういう言葉は、他人に書いているつもりでも、本当は自分が忘れかけようとしていることを、思い出すために書いているのかもしれない。悩んでいる人が、自分に大切なことを気づかせてくださっているのかもしれない。
佐藤自身へのメッセージも送られてきている。佐藤がこれからやろうとしている新規事業を成功させるために、みんなが関係する情報を調べてくれたり、アイデアを提供してくれたりする。
「インターネットに関係する情報がありましたので、送付しておきます」
「四菱商事の担当課長を紹介したいんだが、空いている日を知らせて欲しい」
「思いついたアイデアですけど、口コミだけで販売してみてはどうでしょうか」
「収支計画に関することであれば、私の専門ですのでおまかせください」
「いまはこちらも忙しくて、何もお手伝いできませんが、がんばってください」
全員ではないにしても、このような情報が送られてくるというだけで、みんなの支援に応えるためにも事業を成功させたいという気持ちが強くなってくる。応援されるほど本気で成功させたくなる。
また、担当者は自分一人なのに、みんながこうしてメッセージを送ってくれると、一人で事業に取り組んでいる気がしない。社員全員で新規事業に取り組んでいるような感じだ。
会社に着くと、クレームの電話を受けたと言って喜んでいる、新人の落合利之とすれ違った。
「すごいね、プラス受信ができるようになったじゃないか」
「ええ、このクレームは是非とも私にまかせてください。必ず最高の信頼関係をつくって見せます。クレームをいただいたお客様ほど、私たちの会社のことを本気で考えていると思うんです。すごくうれしくて感謝したい気持ちです。いますぐお詫びにお客様のところへ飛んでいきます」
「うらやましいな。できれば、次のクレームは私にまかせて欲しいな」
「どうしようかな・・・考えときますよ」
事務所にはいると、新人の平石悦子が電話を持って立ったまま、お辞儀をして謝っている。
「本当に、本当に申し訳ございませんでした」
と彼女は最後に言って、ゆっくりと受話器を置いた。
「何かあったのかい?」
「あ、課長、おはようございます。実は、河田部長がいま車でお客様のところに向かっているのですが遅刻しそうなんです。それで、お客様のところに連絡を入れて欲しいと言うことだったのですが・・・」
「でも、君は謝っていたよね」
「はい、朝早く部長を電話で起こさなかった私に責任があるんです」
その時また電話が鳴った。平石は佐藤に一礼して、すばやく受話器を取った。
「林主任、おはようございます。・・・そうですか。本当に申し訳ございませんでした。お大事になさってください。失礼いたします」
「また謝っていたけど、何があったんだい?」
「林主任が風邪で今日は休まれるそうです。私に責任があるんです」
「どうして?」
「・・・わかりませんけど、私が何か事前にできたことがあるはずですから。もし昨日のうちに体調が少しでも悪いことに気付いていれば、お薬をお渡しすることもできたはずです。それをしなかった私に責任があると思います」
「平石さん、流石だね。勉強させられたよ。ありがとう」
「私には、大したことは何もできません。なにかひとつでも自分ができることを探したいだけなのです。こうして皆さんと一緒に働けるだけで、私はとても幸せだと思っています」
平石はみんなから「学ぶことしかない」と言われて評判になっている新人である。彼女のことをすでに 「メンター」と呼んでいる先輩が社内に何人もいる。
こうしてようやく自分の机につくと、一輪の花が置いてあった。まわりをよく見ると、みんなの机の上に一輪の花が置いてある。大体こういうことをするのは、新入社員の加藤幸代に決まっている。彼女は花がとても好きらしく、ベランダで育てた好きな花を毎週のように会社に持ってきては、みんなの机の上に置いていく。それらの小さな花に満たされた職場の一番奥の壁に、真新しい額に入れられた短い言葉が輝いていた。
【夢しか実現しない】
とても気持ちのいい一日が、始まろうとしている。
■成功とは何か?
「理想の企業をつくる」と社員全員で誓ってから六年が経つ。はじめは何をどうして良いのか全くわからなかった。すべてが手探り状態であった。佐藤自身もそんなものができるのかと、心のどこかで疑っていた。はじめからできそうもないことをいくらやったところで、疲れるだけじゃないのか、そんな気がしていたのである。
また、それまで佐藤は、事業とは利益を出すための活動だと思っていた。そしてそのためには、情報収集力、分析力、問題発見・解決力、企画力、構想力、行動力、指導力、財務管理能力、リスク管理能力などあらゆる能力が要求される。経営とは極めて難しいもので、生半可な知識や経験のない者達ではどうにもならないものであるはず。佐藤ばかりではなく、多くの社員もそんな風に疑心暗鬼だった。
その頃、小笠原社長は数人の社員を集めては、朝食会を開いて一人一人の質問や悩みに答えていた。それは理想の企業をつくるための活動の一つである。その朝食会に参加した佐藤に対して小笠原社長は言った。
「事業というのは本来とても簡単なものなんだよ。どれだけ他人の役に立つのか、社会に貢献できるのか、そのことだけを考えていればいい。そこに他の考えが入ってくると、とたんに事業は難しいものになってしまう。何もかもうまくやろうとするから、シンプルに考えることができなくなる。何をどうしていいのかわからず、結局は昨日と同じことをやっているうちに一日が終わり、その繰り返しで人生も終わるんだ」
「社会に貢献できるか・・・」
「そうだ、それだけでいい。そう考えることができれば事業は絶対に間違えることはない」
「間違える・・・?事業がうまくいかなくなることですか?」
「事業において間違えるというのは、事業がうまくいかなくなることではなく、誰かに迷惑をかけることを言うんだよ」
社長の話を聞くほど、ますます佐藤はわからなくなっていった。
「成功とは何ですか?」
「成功とは何か。それは他人に夢と希望を与えることができるようになることだよ。つまり、事業を成長させたり、お金持ちになったりすることよりも、どんな時でもあきらめずに夢に向けてチャレンジし続けることができることさ。人はね、常に勝者でいることはできなくても、常に勇者でいることはできる。そんな生きる姿が他人に勇気を与えるんだ。そしてそれこそが、本当の成功だと思うよ」
「もう一つお聞きしたいのですが、利益はどのように考えればいいのでしょうか」
「ずいぶんいろいろと難しく考えているようだね。もっと単純に考えてみよう。企業は社会に貢献することが目的なのだから、利益はその手段ということになる。もちろんそれは生きるための手段でもあり、充実した人生を送るための手段でもある。利益は目的にはならない。いずれにせよ、大切なことは何のために事業をするのか、何のために生きているのかだ」
しかし、佐藤は一つだけわかったことがある。それは、社長は迷っていない、ということである。迷っているリーダーに人はついていけない。迷っていない小笠原社長には、決意をした人間の迫力があつた。
■トータル・サティスファクションとは?
佐藤にとって、今日は海外からの見学者のために行っている、会社説明の担当日である。午前中は、その対応に時間を割り当てている。今年に入ってから、見学の申し込みは一日に三百件、年間では十万件を越すようになった。今日の参加予定者は、五十四名である。
このような会社見学の希望者に対しては、社会貢献の一貫として全社員が交代で対応することに決めている。これも社員からの提案で決まったことで、みんなで決めたことだからイヤイヤやる人はいない。
社会貢献をするようになってから、会社の生産性は二十%以上向上した。他人に伝えることで自分自身が働く意味を再確認できるのだ。会社のビジョンとポリシー、顧客や社会との関わり方、一つ一つの仕事の大切さ、みんなで協力する楽しさなど、これらを語るほど、日常の自分の行動を振り返ることができる。このように社員一人一人のモティベーションに与える影響は計り知れない。
会社見学とは言っても、事務所は机がただ並べてあるだけなので、ビジョンとポリシーの説明をして、次に会社の案内ビデオを参加者に見ていただいてから、質疑応答の時間をたっぷり取るという内容である。案内ビデオも社員の働いている姿をただ写したものである。けれども、それを見るだけで見学者は大いに感動する。なぜならば最高の商品とは社員の働く姿なのだから。
その日の見学者は、とても真剣に次々と質問を投げかけてきた。
(見学者)「なぜ社員はこんなにも一所懸命になって働くのですか?働くのが苦にならないのはどうしてですか?」
(佐藤)「それは夢があるからです。夢がないと、どんなに楽な仕事をしてもすぐに疲れるようになります。疲れたなあと思ったら、夢を確認するようにしています。それは平均で、一日百回くらいです」
(見学者)「社会に貢献することと、会社の利益とのバランスはどのようにとっているのですか?」
(佐藤)「利益とのバランスを取る必要はないと考えています。ひたすら、社会に貢献することだけを、考えて実行していけばいいのです。なぜならば、利益が上がらないのは社会に貢献できていないからです」
(見学者)「会社が成長するほど、ビジョンとポリシーが浸透しなくなるのでは・・・?」
(佐藤)「会社が成長するほど、ビジョンとポリシーを浸透させようとしなかっただけです。私たちはビジョンとポリシーを企業活動の最も重要な基準として考えています。ですから、すべての行動にビジョンとポリシーを反映させるように、いつもみんなで確認しあっています。私も一日事務所で働いていると十数回は、誰かがビジョンとポリシーを語っているのを聞きます」
(見学者)「社員を信頼するというけど、信頼できない社員に対しては、どのように対処しているのですか?」
(佐藤)「信頼するというのは、相手がどのような社員であったとしても、そのすべてを受け入れることです。その意味で信頼できない社員というのは、弊社には一人もおりません」
(見学者)「人材を育成しないのに、なぜ人材が育成できるのですか?」
(佐藤)「私たちは教育とは教えるものではなく、見せるものであると考えています。相手に共感してもらえるまでやって見せることで、相手の自発性を促します。教育に当たって、最も大切なことは、相手の自発性だと思います。自発性のない状態では、何を言ってもすべてが無駄になります。しかし自発性があれば、知識は自分で身に付けていくようになります。そうなれば、人材の育成は必要なくなるわけです」
(見学者)「自己責任ばかりでは、本当の原因がわからなくなるのではないでしょうか?」
(佐藤)「本当の原因が自分自身にあると考えることを、自己責任といいます。なぜならば、原因はどこにでもつくることができるからです。自分の責任として自分自身を改善、成長させることが大切です」
(見学者)「自己責任の範囲はどこまでですか?また範囲がないとすれば、自己責任として対処できないこともあるのでしょうか?」
(佐藤)「自己責任は無限責任ですので、範囲は無限です。ですから自分ができる範囲を広げていくことが大切です。その範囲を広げていくことを、自己成長と言います。自己責任は無限責任ですから、私たちは無限に成長することができるわけです」
(見学者)「競合他社には、どのように対処しているのですか?」
(佐藤)「競合他社はありません。同業他社に対しても支援するだけです。つまり、私たちのノウハウをどんどん学んでいただいて、同じようにすばらしい社会をつくる仲間になっていただきたいんです。私たちが唯一闘っているのは、自分自身です」
メンターとして、スタッフの育成・指導もしている佐藤にとって、このような質問に答えることは朝飯前になっている。メンターとは、相手の持つ可能性を最大限に発揮させる支援ができる人、つまり相手をやる気にさせることができる人のことである。佐藤自身もこの六年間悩みながらもメンターを目指してきた。だから、ほとんどの質問には簡単に答えることができる。しかし、それでも今まで考えもしなかった質問をしてくる来場者もいる。そんな質問に出会えた時がまた、佐藤にとってとても幸せを感じる時でもある。答えられないことを考えることが成長なのだから。困った質問をしてくださる人ほど、自分にとって価値のある人はいない。
昼食は来場者の中から、さらに詳しく質問をしたい方々とだけ、いっしょに取ることになっている。参加者の一人が言った。
「先日、TSについての資料を拝見しましたが、とても当たり前のことですよね。今までやってこなかったことが、不思議な気がしましたよ」
TSとはトータル・サティスファクション、つまり顧客のみならず、社員およびその家族、地域、日本、さらには地球のすべてを満足させる活動のことを言う。この六年間は、このTSを推進することに、徹底的に力を入れてきた。
CSが、対象とする顧客に感動を与えることを目的にしているのに対して、TSはすべての人々を未来永劫幸せにすることを目的とした考え方である。
顧客に価値を提供することができても、それによってどこかに不利益を被る人がいたり、地球環境に悪影響を与えてしまったりすることがある。例えば、顧客に満足していただく家を建てるために騒音などで近所に迷惑をかけたり、世の中に便利なモノをつくるために工場から環境に有害な物質をたれ流したりといったことはあげたらキリがない。このように、いくら顧客満足のためだからと言っても、一部の顧客の満足のために、そのまわりの人々や社会に迷惑をかけたり、関係者を苦しめたりすることがあるのは残念なことである。
これらの問題に対して、知恵によって解決をはかり、仕事の価値を無限に高めようとするのがTSである。
「実は私も、TSに着いて詳しく聞きたいと思ってここに来たんだ。ビジョンはわかるが、どのように実践していいのかわからない。そこのところを、具体的にどのようにやっているのか、教えていただきたい」
参加者の多くが、TSについて強い関心を持っていた。
「わかりました。それでは、今日は私のほうから、弊社ではどのようにTSを実践しているのかを、具体的にお話させていただきます。どうぞお食事を取りながら気軽にお聞きください」
佐藤は、いつもながら昼食では自分の食事を取ることはない。参加者は、一つでも多くのことを知りたいと思っているのだから、誠心誠意そのことに応えていきたいと思っている。
「例えば、工務店の仕事を例にとってお話します。工務店が顧客のために家を建てようと、するとそのまわりの住民に迷惑をかけてしまうことがあります。しかしこれまでは、多少の迷惑を顧みずに仕事に取り組まなければなりませんでした。ところがTSによって、これからの工務店は、家を建てると近隣の人々まで幸せにすることもできるようになるんです。
これまでの工務店の仕事の進め方では、一軒家を建てるとその建築期間中は、近隣の住民にさまざまな迷惑をかけることになります。具体的には、工事の関係者が車で来て、建築現場の近隣に違法駐車をする。これは地元の人々にとっては迷惑です。つまり、駐車違反という迷惑をかけるから、迷惑になるのです。こういう時は近くに駐車場を借りて、工事期間中はそこに駐車するようにします。そして現場監督が送迎をすればいいのです。
また、工事の期間中はどうしても騒音がします。しかし、それも騒音を出すから騒音がするのであって、騒音を出さないようにすればいいわけです。金属のトンカチでは、トントン、カンカンという騒音がしますが、釘をタオルで撒いて、強化ゴムのトンカチでたたけば、騒音は五分の一以下になります。もちろん、全く音がしないトンカチの開発にも取り組むことも大切です。
さらに、家を一軒建てるためには、様々な工事関係者が入れ替わり立ち替わり、町にやってくることになります。しかし住んでいる方々にとっては、見ず知らずの人たちが町に溢れるというのは、なんとなく不安ですよね。しかしそれも、その人たちのことを知らないから不安になるのであって、どんな人たちなのかを詳しく知ることができれば不安はなくなるんです。そこで、工事現場の前に選挙などで使われた看板をもらってきて、それを立てて、その日町にやってくる工事関係者を写真付きでみんな紹介します。
たとえば『田中聡、五十三歳、とび職歴三十五年、過去の実績―瀬戸大橋、横浜ベイブリッジなど多数、信念―夢は実現する、夢―孫に誇れる仕事をすること、コメント―近くを通りかかった時は(さっちゃん)と声をかけて下さい』
さらにまた家を建てるということは、近隣の方々にとっては家について勉強する良い機会になります。そこで休日などを利用して近隣の方々向けに無料の勉強会を開催します。家の土台ができた時には近隣五百軒に、『地震に強い土台の無料勉強会・震度七にも耐えられる家の作り方』というチラシを配ります。二~三十人くらい集まっていただけるでしょう。その後、建築が進むに従って月に二回程度勉強会を開催します。
こうしているうちに、改装工事や新築工事の話が次々に舞い込んでくるようになり、いつの間にか工事現場が次の仕事の打ち合わせ現場になっているかもしれません。
また、TSにおいては、無駄なものは一切なく、全てが価値につながるものと考えます。たとえば工事現場では廃材が出てくるわけですが、工事という視点から見るとそれらは処分するだけになります。しかし、別の視点から見れば、それらを活用していろいろな企画ができます。たとえば、「お父さんと子供のためのガーデニング・グッズ作成一日教室・プロの大工がプロの技を教えます」という講座を開くこともできます。大工さんのすばらしい技を目の前で見た子供たちの中には、将来大工さんになることを夢にする子供も出てくるかもしれません。このような企画は、他にもたくさんできます。
さらに、一軒の家を建てることで地域や家族の絆を強くすることもできます。それは、あなたも家づくりに参加しませんか、という企画です。参加者が殺到するようであれば、有料で開催して、その利益はまた地元のために還元してもいいでしょう。そして最後には、家一軒を地元の方々が子供たちといっしょに、コミュニティ活動の一つとして建てることもありえると思います。
東南アジアのある地域では、町の寺院を建て替える時には、その村の人々が全員で協力して行うといいます。そしてその時には、村全体が一つになるそうです。
わが国でも昔は、家の大黒柱を立てる時に、その地域の人々が協力してみんなでロープを引っ張って立てました。家づくりは仲間づくりです。みんなの気持ちが、一つになる時なんです。その地域の最も楽しいお祭りになってもいいのではないでしょうか」
参加者はみな呆気にとられた。食事を取ることを忘れ、フォークとナイフを持ったまま、じっとして動けなくなっていた。工務店が自分で家を建てるのではなく、地域の人々に建ててもらおうというのである。しかもそれによって地域社会に貢献することができる、すべての人々が満足できるのだ。何という逆転の発想であろうか!
しばらく間をおいて、参加者の一人が口を開いた。
「佐藤さん、そんなこと本当にできるんですか?」
「わかりません。でも、できたらすばらしいですよね。できたらすばらしいと思うことのために、すべての経営資源を活用して、あきらめずに取り組むことがTSの原点なんです。ですから、私たちがまずチャレンジします。うまくいったこと、うまくいかなかったことを、すべて皆さんに公開いたしますから、楽しみに待っていて下さい」
「でも、それって企業秘密じゃないですか?」
「私どもの会社には、企業秘密はありません。知らせることのメリットは、隠すことのメリットよりもはるかに大きいものです。ですから弊社では、役員会ですらあらかじめ予約しておけば、社員だけではなく、皆さんだって自由に聴講することもできるんです。最近はインターネットでも、役員会の詳細な議事録を公開していますので、よろしかったら見て下さい。」
参加者の関心は、どんどん高まるばかりだ。
「TSのポイントは、具体的にどんなところにあるのでしょうか?」
やっと、質問らしい質問がきた。
「TSのポイントは大きく二つあります。それらは問題解決と価値創造です。それでは、それぞれについて少し詳しく解説させていただきます。まず、第一は問題解決です。問題は、大きく二つに分けて考えることができます。一つはあらかじめ想定される問題です。この問題に対してどのようにあらかじめ対処するのかということが第一。もし解決できない問題があれば、解決するまでその仕事を始めません。
もう一つは、不測の事態です。つまりあらかじめ想定できなかった問題のことです。いわゆるクレームは、このような問題の一つと言えるでしょう。このような不測の事態に対しては、全力を尽くして解決しようとする姿勢が重要です。解決できるかできないかではなく、解決するまで取り組み続けるだけです。
みなさんは、奇跡の生還といわれたアポロ十三号の話をご存じでしょうか。宇宙旅行は、人類の英知の結晶によって可能になるものです。宇宙へ行くためには、徹底的な準備をしておくことはもちろん、わずかでも起こる可能性がある問題についても、あらかじめ完璧に対処しておかなければなりません。何重ものチェックと、何重もの補助システムによって、何が起こっても安全に月まで行って帰ってくることができるようにしておくことが不可欠です。
ところが、それでも全く予期しないところから、問題が起こることがあります。アポロ十三号は、月面探査に向かう途中、全く予想できなかった大きなトラブルに見舞われました。しかし、帰還させることは不可能と思われるような状態に陥ったとしても、NASAのスタッフは最後の最後まで全力を尽くして知恵を出し続け、絶対にあきらめなかったのです。アポロ十三号の出来事は、人間の無限の可能性を立証した出来事の一つです。
人間の生死のかかった問題を、あきらめる人はいないと思います。そして、これまでに不可能と言えるような状況を乗り越えてきた、という話は枚挙に暇がありません。同じように、すべての問題を生死のかかった問題として考えて、あきらめずに解決しょうとすれば、ほとんどの問題は解決できるはずです。現実に起こる問題は予期できないものがあるにしても、無限の知恵を出すことで解決できないものはないと考えます。
ですからTSには「不可能」とか「あきらめる」という概念はありません。TSの実現のためにはすべての問題は乗り越えていくことができる、と考えなければなりません。手段上の失敗は糧にして、次の成功につなげるだけなのです。すべては可能であり、失敗は糧にしかならない、と考えることが、TSの問題に対する基本的考え方です。
そして第二は、より高い価値・大きな感動を提供することです。今日売れている商品が明日も売れるとは限りませんし、これまでうまくいっていた方法が、これからもうまくいくとも限りません。今日の価値は明日の価値とはならず、そして明日の価値は今日創るものです。
少々回りくどい言い方をしてしまいましたが、ここまでやれば十分というレベルはないということです。お客様は常により大きな感動を期待します。またそれに応えていくためには、私たち自身が無限に改善向上し続けることしかありません。新たな価値を生み出し、大きな感動を与え続けることが、企業活動の基本です。TSに終わりはありません」
「TSって、実際にやるのは大変だと思うのですが、その場合、社員にとっての幸せとは、何なのでしょうか?」
「TSとは、これからの企業のあり方を示す一つの思想体系なんです。いわば、自分以外の存在のために、自分が何をできるのかを考え続ける姿勢と言ってもいいかもしれません。TSにおける社員の幸せとは、生活を保障することではなく、毎日を生きがいのあるものにすること、つまり充実した人生を送ることです。それは生きている意味を感じること、生きているすばらしさを認識することです。そして最高の生きがいを感動と言います。
TSを推進する会社で働く人々は、最も大きな感動を得ることができます。なぜなら、自分が努力をしたことで、他人を感動させ、感謝されることで、自分自身が最も大きな感動を得ることができるからです。誰にも迷惑をかけることがなく、すべての人々から感謝されることは、仕事に対するモティベーションを極限にまで高めることができます」
こういう話をしている時の佐藤は、とても輝いている。
こうして最後に、佐藤は参加者全員から盛大な拍手を受けて、昼食会はあっという間に終わってしまった。
■会社が一つになるために
午後になって、佐藤は営業二課に足を向けようとしていた。営業二課では佐藤の同僚の西本勇二が、慣れない仕事に悪戦苦闘している。その応援に行くのである。関連する資料をまとめてカバンにつめ、机を離れて廊下に出ようとした時、外から勢いよく走り込んできた企画部の高橋まゆみとぶつかりそうになった。
「申し訳ございません!」
「大丈夫だよ、それより何をそんなにあわてているんだい?」
「ええ、ちょっと私のミスで・・・」
お客様に提出する予定の資科の制作が、間に合わないという。
「それじゃ、三十分くらいなら私も時間をつくることができるから手伝おう。どうしたらいいか教えてくれ!これから三十分は、君が私の上司だ」
理想の企業をつくることになってから、一日に三十分は他人や他部門のために時間を使うことが業務となっている。この相互支援の時間は、あらかじめいつやるのかが決まっているわけではない。自分の都合に合わせて、一日のうち三十分間を他のメンバーに尽くせばいいのである。この相互支援時間を取り入れることによって、それまでと比較して、企業全体の生産性は二十五%向上した。
以前は、一人一人が自分の仕事のことばかりを考えていた。自分の仕事だけに集中することが、仕事の生産性、しいては会社全体の生産性を高めると信じていたからである。ところが、それでは会社の中にある経営資源を共有することができない。別々の事業部で同じことに労力を注いでいたり、別の事業部に協力を頼めば簡単にできることを、わざわざ外注して大きな経費になっていたり、あちこちで二重、三重の手間がかかっていることがわかってきた。
そこで社員全員が他人や他の事業部のために、一日三十分を使うことにした。何をするかはそれぞれの判断に任される。ある人は社内掲示板を見て、困っているメンバーのためにいろいろ調べてメールを送っている。思い付いたアイデアを、毎日関係しそうな事業部に送り続けている人もいる。また、ある人は他の事業部に赴き、笑顔で「何か出番を下さい!」と言って、その場で何かできることを手伝ってくる。
ささいなことばかりだが、これによって社風はそれまでとは全く違ったものになっていった。いわば会社が一つになったのである。一人で仕事をしているのではなく、強い信頼関係のもと、みんなで力をあわせて夢に向かっているという実感が、とても強くなった。本当に信頼関係のある仲間が集まると、どんな困難でも乗り越えていくことができるようになる。
こうして、高橋まゆみの仕事を手伝おうとした時、佐藤宛に電話がかかってきた。出張した佐藤の部下の浜中孝弘が、飛行機のチケットが取れず帰ってくることができなくなったというのである。
浜中は、電話口でこう告げた。
「皆さんには、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません。けれども、これをチャンスに変えて見せます」
佐藤も負けてはない。
「何を言っているんだ!君がいつも楽しそうに仕事をしているので、私はいつか君の仕事をやってみたいと思っていたんだ。こんなにうれしいことはないよ。ゆっくり休んでいてくれ」
そう言って電話を切ると、総務の加藤部長から声をかけられた。
「佐藤課長、すまんが、とても重要なお客様がこれからいらっしゃるんだ。そのお客様に誰か専門家の立場から説明をして欲しいのだが、時間を取ってもらうことはできるだろうか?」
忙しい時は、さらに忙しくなる。佐藤は笑顔でこう答えた。
「私でお役に立てるのでしたら、喜んでお引き受けいたします」
仕事の段取りは、あらかじめどれだけ知恵を出せるかで決まる。佐藤はこういう状況を楽しむことができる。自分の出番が来たと思うと同時に、自分が仕事に取り組む姿で、みんなに勇気と無限の可能性を与えることができると思っているからである。
「加藤部長、時間は何時から何時まで取ればいいでしょうか?」
「そうだな、あと二時間くらいでお客様がいらっしゃるから、三時から四時まで、一時間くらい取ってもらえたらありがたいのだが」
「わかりました」
部長が立ち去ると、すぐそばで話を聞いていた新人の原幸代が、少し心配そうに声をかけてきた。
「私にできることがあれば、お手伝いさせていただけませんでしょうか?」
心に浸みいるほどうれしく、優しい一言だった。この一言は、ただでさえやる気になっていた佐藤を、なおさらやる気にさせてしまった。問題が解決できるかどうかは、どのような気持ちで問題に立ち向かうかで、あらかじめ決まっているものである。
「ありがとう、でも何も心配は要らないよ。その気持ちだけで十分。問題は乗り越えられる人にしか起こらないのだから」
さあ、見せどころである。まずは営業二課にいる西本勇二に電話を入れて、到着が夕方になることを伝えた。つぎに出張先から帰れなくなった浜中の仕事を確認して、同じ職場の萩原健二と大野秋吉に任せ、高橋まゆみのところに飛んで行った。高橋から資料作成の手順を聞いたところ、とても手間のかかる段取りに思えたので、次のような提案をした。
「よし、半分の手間でできるようにするにはどうしたらよいのか考えよう。いまから十五分ほど、作戦会議の時間に当てたいのだが、どうかね?」
「ええ、このままでは間に合いませんから、もう一度はじめから、段取りを考え直した方がいいと思います。目的はお客様に今回の企画の詳細について理解していただくことです。そのために必要な資科と必要ではない資料とを、お客様に説明する順序に従って整理し直したいと思います」
「それでは、私も知恵を出そう」
この必要な資料の整理とその段取りに、約三十分かかつてしまった。
「よし、決まったぞ。この通りやれば間に合いそうだね」
「ありがとうございます。本当に助かりました。あとは私一人でも何とかなると思います」
「また段取りがわからなくなったり、間に合いそうもなくなったりしたら、すぐに携帯電話に連絡してくれ」
「ありがとうございます。がんばります」
佐藤は職場に戻ると、浜中の仕事の進捗状況を萩原に確認した。すると、どうしても一つ、お客様のところに行かなければ、解決できないことがあることに気がついた。時間を見ると、加藤部長のお客様が来るまでにあと一時間二十分ある。お客様のところに行くには、車で約二十分。そこで三十分打ち合わせをして、また二十分で返ってくれば、加藤部長の約束の三時十分前には、会社に着くことができる。佐藤は萩原を連れて事務所を飛び出した。
道路に出ると、手を挙げてタクシーを止めた。たまたま通りかかつたタクシーが止まると、いきなり運転手さんが飛び出してきて、私たちのドアを手で開けてくれた。おじぎをしながらドアをゆっくりと閉めて、運転席にまた走って戻ってきた。そして、自己紹介をはじめたのである。
「私、早川といいます。精一杯がんばります!」
とてもさわやかな声だが、まるで決意を伝えるかのような挨拶だった。
「○○までお願いします」
「はい、分かりました」
ドアの内側を見ると、運転手は座ったままで、ドアを開けられる仕組みになっていることに気が付いた。にもかかわらず、自分から出てきて手で開けてくれたのだ。
交差点に入ったとたん、信号が黄色に変わった。すると早川運転手は、バックミラー越しに私たちにおじぎをしながらこう伝えた。
「急ブレーキになりますので、このまま行かせていただきます」
本当に小さなことにも気を使っている。
「ずいぶん気を使いますね」
「いえ、まだ気を使っているとはいえません。本当に気を使うのはカーブを曲がる時です。お客様がまったく気付かないように曲がりたいのです。後ろの座席は不安定ですから、運転手の感覚で曲がってはいけないと思っています」
「なるほど!」
次の信号で止まっていると、ぽつぽつと窓ガラスに雨粒が付いてきた。早川運転手はフロントガラスに少し身を乗り出して空を見上げた後に、こちらに振り向いてこう言った。
「雨が降ってきました。お客様、傘はお持ちでしょうか?」
「いや、忘れてしまったなあ」
すると、早川運転手は助手席の足下から傘を取り出した。
「それではこの傘をお持ち下さい」
「この傘は?」
「こんな時のために、用意しておいたものです」
「ありがたいけど、どうやって返せばいいんですか」
「それはいつでも結構です。たまたまその傘をお持ちの時に、弊社のタクシーを見かけたら運転手に声をかけて返していただければ結構です。」
「しかし、それではいつになるかわからないよ」
「お客様のご都合でかまいませんから」
佐藤はもう感心するしかなかった。
さらに、
「それと、これは私の名刺と出勤日です」
と言って、彼は二枚のカードを渡してきた。一枚は大きく会社の電話番号と自分の名前の入った名刺で、もう一枚は自分の出勤日を色で塗り分けてあるスケジュール表だった。そして彼は、こう付け加えた。
「その出勤日に関係なく出社いたしますので、二十四時間いつでもご連絡下さい」
と言いながら、早川運転手はメモを取っている。
「いったい、何を書いているんですか。」
「今日お客様とお話した内容です」
「なぜそれをメモに取るんですか?」
「次回お会いした時に、この続きのお話ができるようにと思いまして。私は忘れっぽいものですから」
この時にはもう、佐藤と荻原は早川運転手の魅力に取り憑かれてしまった。いろいろなことが聞きたくなった。
「それらは、会社の指示でやっているのですか?」
「いえ、私が自分で考えて勝手にやっていることです。会社からは特に指示は受けていません」
「では、なぜそこまでのことをやるんですか?」
「私は日本一お客様に喜んでいただけるタクシー会社をつくりたいのです。そのためには自分がまず見本になって、どうしたらお客様に心から喜んでいただけるかを考え、それを現場で実行しなければならないと思っています。そしてうまくいったことを他の社員に伝えていけば、きっとこのタクシー会社を日本一にできると信じています」
「仕事は楽しいですか?」
「どんな仕事も楽しめば天職になると思っています。そろそろ着きました。この辺りでよろしいでしょうか」
「はい、いや、とても勉強になりました」
「少々お待ち下さい」
と言って、また彼は走って私たちのドアを開けに来てくれた。思いっきりの笑顔で。ここにも夢を持った人がいた。
到着してみると、お客様は玄関で待っていて下さった。
「浜中さんが帰れないというのに、こんなに早く対応していただいてとても助かりますよ」
と言って、とても喜んでくださった。問題が起きた時にどう対処するかで、その後の信頼関係が決まる。ピンチはチャンスなのだ。
打ち合わせが終わると、またお客様は玄関まで見送りに来てくださった。
「これからもよろしくお願いしますと、浜中さんにもお伝えください」
「こちらこそよろしくお願いいたします。ご迷惑をおかけした責任は私どもにあるのですから」
迷惑をかけたお客様が喜んでくださっていた。
佐藤が会社に戻ったのは、予定の三時の三分前であつた。
「間に合った!」
玄関でお客様を待っている加藤部長に出会うことができた。その後約一時間、お客様に説明をして、こんどは西本勇二のいる営業二課に向かった。
意外にも西本は明るい表情で佐藤を迎えてくれた。
「佐藤さん、素晴らしい体験をさせていただきました」
「どうしたの?」
「自分ががんばっていたら協力会社の人たちもみんなががんばってくださるようになったんです。とにかくここは、自分一人でもがんばって乗り切りたいと思っていたんです。でも気がついたら、みんなもすごくがんばってくれて・・・。自分が見本になるって意味が、はじめてわかりました。」
「どんなに素晴らしい話を聞いたとしても、自分にとってそれは真実とは言えないんだ。自分が体験してはじめて真実になる。何でもやってみることが一番大切なことなんだ。」
■ありがとうと言う人が幸せになれる
今日はお客様と夕食をともにする予定になっている。お客様は、もうすでに五年以上ものお付き合いをしていただいている会社の田中仁社長である。田中社長の本業のビジネスについて、月に一回くらいの割合で、佐藤が相談にのっているのである。
「そう言えば、世界中から会社訪問にやってくる人がいると聞いたよ。すごい人気だそうだが、どうやってそんなイメージをつくりあげたんだい?」
「イメージづくりはまったくやっていません。イメージはつくろうとするものではなく、結果としてできるものなのです。大切なことは、どのようなビジョンとポリシーを持って日々活動するかだと思います」
「でも、信用のある会社というイメージをつくることは大切じゃないのかね」
「信用は真実からしか生まれません。そして真実とは、日々の活動以外のなにものでもないのです」
「そう考えると自分のやってきたことを反省させられるね。いままで、形ばかりに気を取られて、本質的なところから考えていなかったってことか」
「でも大切なことは、いままで何をしてきたのかではなくて、これから何をするのかです。今日は過去の結果ですが、未来は今日の結果なのですから」
「その通りだ!・・・ところで佐藤さん、厳しくてもいいからはっきりと答えて欲しいんだが、こういう社員についてはどう思うかね。自分のことばかり優先して、人のことをまったく手伝おうともしない社員がいるんだが」
「それは、田中社長のことを手伝ってくれないということですね」
「まあ、そういうことかな・・・」
「それは、田中社長が自分のことばかりを優先して、その社員のやろうとしていることを手伝ってこなかったからです」
「相変わらず、ほんとうに厳しいことをはっきり言うね」
「ただ、他人は鏡だということです。他人は過去に自分が何をやってきたかを、教えてくださっているのですから」
「なるほど、やはり私自身に問題の原因があるということか・・・。それにもう一つ、いま困っていることで、これから取り組もうとしている事業についてなんだが、なかなか銀行がわかってくれなくて、資金調達ができないんだ。それでもやるべきかどうか迷っているんだ。どう思うかね?」
「問題は、田中社長がやると決意してないことです」
「でも資金がなければどうにもならないと思うんだ・・・」
佐藤はまた一言でまとめた。
「関係ありませんね」
「やっぱりそうか・・・方法は百万通りあるということだったな。ありがとう、その一言を聞きたかっただけなんだ」
「恐縮です」
「何も恐縮することはないよ。わかっているのにすぐに現実の中で迷ってしまう、私が未熟なんだから。うまくやろうとすれば迷い、全力でやろうとすれば迷わなくなると、この間も佐藤さんに言われたばっかりなのにな」
「わかったつもりになっている自分がいることに気付いていることが、本当はとてもすごいことなのだと思います。私もまだまだわかっているつもりになっているだけなのです」
「いつもながら謙虚だね。ところで、佐藤さんは毎日心掛けて続けていることが三つあると言っていたね」
「はい。否定語は使わない、いつも明るく、相手のためにできることは何でもする、という三つです」
「その話を聞いて、私も何か一つでも毎日できることを、一年間続けてみようと思ったんだ。つまりね、妻に毎日ありがとうと、必ず言うことにしたんだ」
「それはすばらしいことですね!」
「はじめは恥ずかしかったのと、ありがとうという場面が見つからなくて戸惑ったよ。結局ありがとうと言えない日もあった。だけど、少しずつ慣れてきたら、ありがとうと言えることがたくさんあることに気づいたんだ。
例えばね、家に帰ると玄関に花が置いてあった。もちろん、妻が以前からそこに置いていたことは知っていた。だけどそれまではそこに花があることが当たり前で、そんなことは気にもしなかった。
しかし、よく考えてみると、毎日水をやり、手入れをしなければ、そこに花はないはずなんだ。私がきっと疲れて帰って来た時でも、気持ちがなごむようにと気づかって置いていたのかもしれない。そう思ったら、玄関でさっそく妻に、ありがとうと言いたくなったんだよ。
そしてね、もっとびっくりするようなことが、私の家庭の中で起きたんだ。そんなこと続けて六ケ月くらいしてからかな。気づいたら家族がみんな、ことあるごとにお互いにありがとうと言っている。いつのまにか誰もけんかをしなくなった。家族といるだけで、幸せを感じるようになったんだ。それまで毎日のように腹が立つことがあんなにあったのに、もう今はほとんどないんだよ。不思議だな、ありがとう、と言っているだけで、それまでと風景や人間関係までもが変わってしまうなんて」
「ありがとう、と言えるということは、ありがたいことに出会えたり、ありがたいことに気づいたりすることができたからです。毎日私達のまわりには、たくさんの、ありがとう、と言えることがあります。それに気づいた人が一番幸せなんです。ありがとう、と言われる人よりも、ありがとう、を言う人の方が幸せになれるんだと思います」
「自分を変えれば、他人も変わると言っていたね。今は本当にそう思うよ。佐藤さんには、いくら感謝してもつきない。ありがとう!」
こんな風にして、ほとんどの社員が顧客の経営相談にのっている。六年かけて身に付けてきたことは、あらゆる業界に当てはまることであり、経営に関するどんな質問に対しても、本質から答えることができるからである。経営とは人間学であり、それを身に付けた人々は所属や立場に関係なく、それだけで社会に貢献することができるのである。
会社に戻ると、夜八時をまわっていた。多田常務がなにやら資料をまとめている。
「お急ぎでしたら、何かお手伝いしましょうか」
「いや、大丈夫だ。ありがとう。これから神戸まで行く。明日の夕方には戻るよ」
「え!どうやって行くんですか。この時間ではもう飛行機はありませんよ」
「お客様が困っているんだ。できる限り早く会いたいと言っている。飛行機がなければ車で行けばいいだけさ。明日の朝には着くだろうから、一時間ほど打ち合わせをして、すぐに戻ってくるよ」
「しかし、片道だけでも六百キロメートル以上はありますよ」
「関係ないよ」
常務はニコニコと笑って言った。会社を出ていくその後ろ姿は、とてもさっそうとしていた。佐藤は多田常務の厳しい仕事を楽しんでいる姿に、自分も早くそうなりたいと、心の底から望んだ。
帰り際に、最後のメールの確認をしたところ、元気のない同僚の藤本隆史からのメッセージがあった。
「いつも励ましのメールをくれることに感謝しているよ。ここのところ訳もないのに、何もする気にならなくて自分でも悩んでいたし、とにかくすぐに疲れてしまう自分にも、ほとほとあきれかえっていたんだ。ところが佐藤は、こんな僕を毎日励まし続けてくれた。そんな佐藤に、本音は感謝すると言うよりも、申し訳ないという気持ちだった。
でも今朝、佐藤からもらったメッセージに、僕はちょっとショックを受けた。なぜって、そんなこと考えもしなかった一言があつたから。
それは、今日という一日を、人生で最高の一日にしよう!という言葉だよ。
これって、すごい一言だね。毎日何かいいことがないかな、と思うことはあったけど、自分から何かいいことを起こそうなんてことは思いもしなかった。このことは僕にとっては、すごい発見になったような気がする。つまり、何かいいことがある一日などなくて、何かいいことをした一日があるだけ。そして今日一日をどう生きるかが、自分の人生なんだってことに気が付いたんだ。
それと毎日送られてくる佐藤からのメッセージに、自分は一人で生きているんじゃない、他人に支えられながら生きているんだってことも気づかされた。
何かすべてが見えてきた感じがするんだ。佐藤に、そして生きていることに感謝したい気持ちだよ。
俺、なんか楽しくなってきたよ。ありがとう」
人は言葉によって反応する。しかしどの言葉によって反応するのかは他人にはわからない。なぜなら、同じ言葉であっても、その意味は一人一人違っているためである。だからこそ、佐藤は毎日さまざまな言葉や表現を使いながら、藤本を励まし続けてきたのである。そしてとうとう藤本は反応したのだ。
佐藤が事務所を出ようとした時、背中で電話が鳴った。手荷物を横に置いて急いで受話器を取った。
「夜分遅くに申し訳ございません。今日会社見学に参加させていただいた者です。どうしてもお伺いしたいことがあったのですが、もう営業時間は過ぎていますよね?」
佐藤は答えた。
「いえ、営業時間はあと二十分ございます。どうぞごゆっくり、何でも聞いてください」
「ああ、良かった。今日のお話の中のTSについての資料というのはあるのでしょうか?もし、あるようでしたら、是非とも弊社の社長に見せたいのですが」
「もちろんございます。今日すぐご送付することもできます」
「そうですか・・・。できれば明日の朝一番で報告したいので、これから資料を取りに伺いたいのですが、どんなに急いでもあと四十分くらいかかってしまうかもしれません。しかし・・・もう営業時間は過ぎていますよね?」
「いえ、先ほどは私が勘違いをしました。今日だけ、営業時間はあと一時間あります」
「それは良かった!」
「どうぞ、急がずゆっくり、いらっしゃってください」
■社員の生きる姿が、最高の商品である
佐藤には幼稚園に行き始めたばかりの女の子がいる。佐藤が会社から帰ってくると、玄関まで出迎えに走ってきて、毎日必ず同じことを聞く。
「パパ、お帰りなさい。今日の仕事は楽しかった?」
「うん、楽しかったよ」
「何が一番楽しかつた?」
「そうだなぁ、お客さんからパパ宛に感謝の手紙が来ていたことかな」
「次は?」
「難しい問題が解決したことかな」
「私も難しいなぞなぞ大好き。次は?」
「別な仕事で、解決できそうもない大きな問題が起きたことかな」
「パパの会社は何でも楽しいんだね。大きくなったらパパの会社にお嫁に行きたい」
「そうだね、パパも応援するよ」
今日も一日があっという間に過ぎてしまった。時間が短く感じるほど、その人の人生は充実している。忙しい一日と充実した一日は、同じ一日なのだから。
着替えていると、妻が何気なく言った。
「今日買い物に行った時にね、たまたま通りがかったレストランの前に植えてあったお花が、みんな枯れてしまっていたの。お店の前とはいっても、そこにあるお花に元気がないと、何となくお店自体にも元気がないような気がして・・・。それに、道路にもゴミがたくさん落ちていたの」
「そうか・・・何かできることがあるかなぁ?」
「私達の手で、レストランの前をきれいにしましょうよ。いま家のベランダに飾ってあるお花を持って植え替えるっていうのはどうかしら。小さな苗から育てたお花ばかりだけど、私達だけじゃなくてたくさんの人にも見てもらった方が、お花もうれしいと思うの」
「それはいいね!お店の人に気づかれないように植え替えて、びっくりさせよう。ついでにそのレストラン周辺の掃除も徹底的にやってしまおうよ」
「じゃ、明日の朝早く起きて行かない?」
「よし、いまから準備をしよう・・・。ところで、何時ごろに起きればいいかな」
「あなたが会社に行く前に終わらせたいから、四時頃ね。まだ真っ暗な時間かもしれないけど」
「暗いほうがお店の人に気づかれなくていいよ。なんかワクワクしてきたな」
翌朝、二人は車の荷台にベランダにおいてあった花をいっぱいに積んでレストランに向かった。しかし、あいにくその日は小雨が降っていた。それでも現地に着くと、二人は言葉も交わさず、段取りよくテキパキと作業をはじめた。
ところが、である。
「あなたお店の裏口に車が着いたわ。もうお店の方がいらっしゃったのかしら」
「・・・そこのバス停の前で待っているフリをしよう」
そんな時間にバスがくるわけもないのに、二人は他に手立てもなく、泥だらけの手で傘を持ちながら、じっとバス停で立っていた。
五分もすると何か荷物を降ろして車は出て行った。
「お店の人じゃなくて、配達の方のようね」
「さあ、急ごう。そろそろ僕は道路わきに散らかっているゴミを拾い集めるよ」
「じゃ、お花の植え替えのほうは私に任せて」
花をすべて植え替え、道路わきのゴミを拾い集めて、二人は車に乗り込んだ。
「どう?きれいになったかな」
「すごいわ!お店の人もきっとびっくりするわ。こんなにきれいになるなんて、この町に住んでみたい」
「そうか!また気づいたよ。どんなところに住んでいたとしても、自分たちの力で住んでみたい町にできるんだって」
その日、佐藤が会社に着くと、朝一番で多田常務から電話が入った。
「おはよう、佐藤君か?」
「はい、おはようございます」
「済まないが浜中君と連絡を取ってくれないか。問題は無事解決したよ、と」
「はい・・・」
と言いながら、佐藤は驚いた。多田常務は自分の仕事ではなく、浜中の仕事をフォローするために六百キロメートルも離れたお客様のところに行ったのだということを、この時はじめて知ったからだ。
そしてほかにも、浜中宛に電話が何本かあつた。なんとそれらはすべて、お礼の電話だった。それらによって、浜中が昨日どのような行動をしていたのかは、言わずと知ることができた。
昨日、浜中が空港に着いてみると、ほとんどの飛行機は満席になっていた。浜中が発着表示板を見ながらどうしようか考えあぐねていた時、同じように発着表示板を見ながら、困り果てている二人の老夫婦がいた。
「困ったなあ、・・・孫にも会えんなあ・・・最後の旅行なのに・・・」
浜中は声をかけた。
「どちらまで行かれるんですか?」
「・・・東京です。はじめて飛行機に乗れると思っていたら、この有様ですわ。予約もせずに来たのがそもそも間違いでした。しかしこれじゃ、どうにもなりませんな」
「私も東京に帰ろうとしていたところだったんです。ところで他の航空会社を当たってみましたか?」
「いえ、何をどうしていいのかもわからなくて・・・」
「いっしょに来てください」
他の航空会社のカウンターに着くと、二時間後の便であれば、なんとちょうどあと三席分空いているという。それ以外はすべて満席らしい。
「良かったですね、これで東京に無事行くことができますよ」
「助かりました。本当にありがとうございます」
二人の老夫婦は浜中に深々と頭を下げた。そんな時、後ろから一人の女性があわてふためきながら走ってきた。そして浜中を押しのけるようにして、カウンターの前までくると叫んだ。
「東京行きの便、空いていませんか?」
カウンターの担当者は、申し訳なさそうに答えた。
「ちょうど今、いっぱいになってしまったところなんです」
「どうしても東京に帰らなければならないんです。家族が病気なんです。何とかできないですか?」
浜中は女性に向かって、笑みを浮かべながら声をかけた。
「あと一つ、空席がありますよ」
浜中は会社のポリシーを思い出していた。
「社員の生きる姿が、最高の商品である」 と。
浜中が会社に連絡を入れたのは、このあとだった。
*******
ふと目が覚めると、カーテンの隙間からこぼれる朝陽の光が、やけに眩しかった。
「みんな夢か・・・」
と思った瞬間、佐藤は、ほっとした。
「良かった!理想の企業は、まだできていなかったんだ」
+++++++
【第二部】 理想の企業を描こう!
-会社に行くことが楽しみになる!
■第一章 理想が現実になる
<1>理想と現実
理想は理想で、現実にはできないことだから、考えても無駄になるのではないか、と考える方もいるかもしれません。
確かに理想は理想ですから、現実にはすぐにできないこともたくさんあると思います。しかし、もし理想がなければ、私たちは今まで同じことを繰り返すだけになってしまいます。環境の変化に対応したり、新たな価値を生み出したりすることができなくなってしまいます。
しかし、理想を持つことで、常に現状に満足せず、より良い商品やサービス、そしてそれらを生み出す創造的な企業風土をつくることができるようになるのです。
理想は、いわばゴールです。
どこに向かっていくかを決めない限り、私たちは走ることはできません。社員・スタッフがみんなそれぞれ違った方向に走ったのでは、チームや組織はバラバラになってしまいます。ゴールがなければ、それぞれが間違った方向に進んでいることに気がつくことができないからです。
一方、ゴールがはっきりしていれば、自分が今どこにいるのかを認識して、もし間違った方向にいれば、すぐに気づいて正しい方向に戻ってくることができます。こうして、チームや組織は、一つの方向に向かって、無駄を最小限にしながら、それぞれの役割を果たすことができるようになるのです。
<2>ワクワクするほど実現する
理想を描くときに大切なことは、それができるかどうかよりも、ワクワクするかどうかです。一見、できそうにないことでも、ワクワクすることができれば、理想に向けて進んでいく勇気が湧いてきます。そして、どうしてもやりたいと思うことであれば、どんな困難が待っていようとも、恐れることなく挑戦していくことでしょう。 ワクワクして、勇気が湧いてくるほど、困難は小さく見えるようになるからです。
その結果、理想が現実化していくのです。ワクワクする理想ほど、現実化する可能性は高くなります。
そもそも私たちの中には、無限の勇気があり、それらを湧き起こらせるのが、ワクワクする理想なのです。
そして、困難の先には、感動が待っています。困難があるからこそ、感動があるのです。困難がなく簡単にできることは、楽かもしれませんが、それでは感動を得ることはできません。
困難は、人生をより大きな感動に包みこんでくれるものでもあるのです。困難があるかどうかよりも、困難をどのように受け止めるかが本当の問題であり、大切なことなのです。
さらに、仲間と一緒にその困難に挑んでいくことで、感動を何倍にも大きくすることができます。感動は、他人と一緒に味わうことで、一人で味わう時に比べて、いくらでも大きくなってくからです。
要するに、理想を持って生きるということは、人生を感動にあふれ、生きがいに満ちたものにすることなのです。
何気なく生きても、毎日感動しながら生きても、それが自分の人生です。自分次第で、自分の人生は、どのようにでも変えることができます。自分の人生の価値を決めるのは、自分しかいないのですから。
<3>社員が幸せになるほど、企業は成長する
企業で働く社員にとって、本当の幸せとは何でしょうか。
社員にとっての幸せとは、生活を維持するだけではなく、信頼する仲間と助け合いながら、自分の可能性を発揮して充実した人生を送ることであると、私は考えています。それは、安楽に生きるということではなく、社会に貢献することで自分の存在価値をつくっていくことです。
理想を共有している社員は、仕事がどんなに忙しくとも、精神的に疲れることはありません。他人や会社に期待するのではなく、自分自身に期待しているので、不満も言うことはないでしょう。さらに、「この会社は、これからどうなってしまうんだろう」と、考えるのではなく、「これから理想の企業をつくろう」と、考えているので、不安になることもありません。
そして、信頼できる仲間とともに、困難に立ち向かっていきます。人は、一人だけではとても弱い存在かもしれませんが、信頼でつながっている仲間がいれば、無限に人は強くなっていきます。そして、仲間とともに、理想に向けて努力すること自体が楽しみとなり、毎日が働きがい、生きがいで満ちたものになるのです。
理想を抱き、困難を乗り越える度に大きな感動を得る。それこそが最高の仕事の楽しさであり、本当の社員の幸せとは、そこにこそあるのだと思います。
企業が今、どのような状況に置かれていたとしても、理想を描くことはできます。そして、理想を持って働くことができる社員は、疲れることなく本気で働くことができます。本気で働くことができる社員は、それだけで幸せだと思います。
つまり、企業が成長すると社員が幸せになるのではなく、社員が幸せになるほど企業が成長していくのです。
企業活動とは、社員の日々の活動の集積にすぎません。そして、社員の活動は、社員の「思い」によって、その成果は大きく変わります。すべての商品、サービスは、社員の「思い」を表現したものだからです。社員の「思い」がこめられた商品サービスは、顧客の心に伝わり、その結果が売上となって返ってきます。つまり、それが企業の成長となるのです。
<4>想像できることは実現できる
人類の歴史は、まさに不可能を可能にしてきた歴史です。
過去の人類が理想として描いてきたことは、ことごとくと言っていいほど実現されてきました。
人類は、世界中の人たちを話すことできる電話を発明しました。今では、持ち歩くことができる携帯電話まであります。
新幹線によって、東京から大阪まで2時間半で行けるようになりました。さらに、飛行機にのれば、一日で世界中の主要な都市に行くことまで、できるようになりました。
国際的な流通ルートができたことで、日本にいても、世界中の食材をありがたくいただくことができます。
アメリカのアポロは月にまで行ってきましたし、スペースシャトルに乗る日本人の宇宙飛行士が何人も誕生しました。日本は今、宇宙ステーションの建設まで取り組んでいます。
人間には、無限の可能性があります。
そして、その可能性を発揮するために必要なのが、ワクワクする理想なのです。
人間は理想を持つことで、自分の中にある無限の可能性に気づき、不可能と言われるようなことまで、可能にしてきました。
まさに理想とは、人間の持つ無限の可能性を、見えない箱の中から引き出す魔法のカギなのです。
■第二章「理想の企業」を描く意味
<1>理想を共有できない理由
「いくら社員に理想を語ってもなかなか浸透しない。社員にとっては、しょせん理想なんて、絵に描いた餅に過ぎないんですよ」
と、言っている経営者とお会いしたことがあります。
そのとき私は、次のようなことを伺いました。
「理想は、どのように伝えていますか?」
「まず、経営方針発表会で全社員に伝えたし、社内の会議があるときには必ず確認するようにしている。名刺ケースに入るような小さなカードに印刷して配ってもみた。さらに、社内報にも、毎回載せているし、理想の状況を書いたポスターも作って、社内に張り出している。しかし、社員に浸透しているようには全く思えないんだ」
さらに私は、突っ込んで質問しました。
「その理想を聞いて、社員の反応はいかがでしょうか?」
「わかっているんだか、わかっていなんだか・・・わかりません」
「理想を伝えたとき、社員の目は輝いていませんでしたか?感動して泣いている人はいませんでしたか?」
「そんな社員なんていませんよ」
「もしかすると、理想は言葉で理解できても、それが実現した時に、自分がどれほど感動し、幸せになることができるのか、イメージできていないのかもしれません。人は、具体的にイメージできないこと、そしてワクワクできないことは、行動できないんです」
私たちは、言葉を伝えただけで、伝えたつもりになってしまうことがあります。その感動のイメージを共有していなければ、本当の意味で伝えたことにはなりません。
言葉は、人によってそのイメージが違います。同じ経験や知識を持っている人であれば、単語一つで、その意味を理解し、イメージが湧くことがあります。しかし、そうでない場合には、自分がイメージしていることとは、全く違うイメージを持っている場合があるのです。さらに、イメージができない言葉であれば、その言葉を知っているだけになってしまいます。そうなると、そもそも行動することができない状態になっているのです。
「なるほど。ということは、絵に描いたのは、餅という『文字』にすぎなかったのかもしれません。すぐにでも食べたくなるような『おいしそうな餅』を描いていなかったんですね!」
話は変わりますが、私のセミナーに参加されたある経営者がいます。その方は、元プロボクサーで世界チャンピオンを目指していました。
その方に、次のような質問をしたことがあります。
「世界チャンピオンを目指すのなら、とてもつらい練習を続けなければなりませんよね。どのような気持ちで、そのような苦しさに耐えたのでしょうか?」
「いえいえ、世界チャンピオンを目指しているときは、耐えられない苦しさなんてありませんよ」
「え、なぜでしょうか?」
「世界チャンピオンになった瞬間のイメージがあるからです」
「なるほど!」
「もし、自分が世界チャンピオンになったとしたら、その瞬間に、どのようなことが自分や周りの人たちに起きているか、社会に起きているかがイメージできているんです。チャンピオンになった瞬間、きっと自分は、トレーナーに肩車されて、涙を流しながら天高く手を突き上げてガッツポーヅをしていることでしょう。ジムの仲間もみんな、リングサイドで大喜びをして、大騒ぎになっているでしょう。その近くで、私の家族は目を覆いながら泣いているでしょう。会場は全員総立ちで、割れんばかりの拍手にリングは包まれているはずです。そして私はマイクを握り締めながら、すべての関係者の名前を一人ひとり呼んで、感謝の言葉を何度も何度も言っているんです。そして、翌日のスポーツ新聞には、大きな見出しとともにトップ記事として取り上げられていると思います。一生涯、忘れられないような感動の体験をすることができるんですよ!」
このお話を聞いたとき、私も世界チャンピオンを目指したくなりました。
私たちは、イメージできないことは行動できません。しかし、イメージできたとき、反対に今度はじっとしていることが我慢できず、今できることから行動したくなるのです。
<2>理想を物語にしてワクワクさせる
企業の理想の状態を伝え、共有することは、これまではとても難しいことだと思われてきたかもしれません。それは、数値的、論理的なものというよりも、感覚的な要素が強いものだからです。
たとえば、よく使われる次のような言葉があります。
「明るく元気な職場」
このように言われても、どのような職場なのか、わかったようでわからないのではないでしょうか。
また、人によって、「明るい」「元気」といった言葉のとらえ方が違うために、それぞれがお互いに違う自分だけのイメージを描いてしまうかもしれません。
企業風土は、それを感覚的に伝えることはなかなか難しいものなのです。
このような感覚的なものを伝えるためには、そのイメージをはっきりと伝えることが必要になります。それは、伝えるというよりも、いわば共通の疑似体験をする、と言ってもいいでしょう。
そのために有効な方法が、理想の企業の状況を小説化することなのです。
私たちは小説を読んでいるとき、頭の中で言葉を具体的なイメージに置き換えながら、さもそこにいるかのような疑似体験をしています。理想の企業風土を小説化することで、だれでも容易に疑似体験でき、そのイメージを共有することができるようになるのです。
「理想の企業」小説の特徴としては、次のようなことがあげられます。
○企業で働く社員が最も輝いている情景や、お客様との理想的な関わり方などを、具体的に描くことができる。
○社員の行動の背景にある、思いなどを伝えることができる。
○時系列に、社内の人間関係やお客様との信頼関係などの変化を表現することができる。
○社員は、明確な行動基準ができることで、自分の行動に迷いがなくなる。
○使う言葉や行動の速さまで、明確に表現することができるので、読み終わった瞬間から、どうすればいいかがわかる。つまり、即効性のある実践マニュアルになる。
○いつでも新たな物語を追加することができ、より高いレベルの理想の企業へと進化し続けることができる。
○小説であることから、興味を持って、ワクワクしながらすべての内容を理解し、最後まで読み切ることができる。
○経験値に左右されず、新入社員から、経営トップまで、同じイメージを共有することができる。
○企業情報としてお客様に公開することで、共感とともにファンになっていただくことができる。
○家族に読んでもらうことで、理解・共感を得ることができるだけでなく、そのような会社で働いていることを、家族も誇りに思ってくれるようになる。
理想の企業を描くことができれば、社員はどのような状況に置かれたとしても、その時、自分がどのような発言をして、どのような行動をすることが最適なことなのかが、すぐにわかるようになります。
すべての社員は、判断に迷いがなくなり、どのような状況におかれても、ベストな対応ができるようになります。全く見当違いな判断をすることがなくなるため、それぞれの能力を遠慮なく発揮することができるようになるのです。
こうして、理想の企業の在り方を共有することで、上司からの指示がなくとも、スタッフは自ら考えて行動することができるようになり、それによって、企業の生産性を最大限に高めることもできるようになるのです。
<3>顧客からの信用を得る
また、「理想の企業」小説を、顧客に公開することで、今まで以上に大きな信用を得ることもできるようになります。
その理由は、「理想の企業」小説によって、企業が最終的に目指していることが、いったいどのようなことなのかを、全く業界のことを知らない人たちにも、手に取るようにわかるように伝えることができるからです。
たとえ、問題が起きたとしても、その問題に対して企業がどのように取り組もうとするかが、事前に明確にわかるため、顧客に強い信頼感を持っていただくことができるようになるのです。
顧客が最も心配するのは、問題が起きたときに、その企業はどのような対応・行動をするのか、ということです。
顧客に責任を押し付けることはないのか、大きな問題が起きたときでも、どこまできちんと対応してくれるのかなど、その時になってみなければ、わからないことが取引上は多々あるものです。
「理想の企業」小説の中には、これらのような問題に対し、企業として、どのような対応をしようとしているのか、目指している理想の行動はどのようなものなのか、といったことが具体的に書かれています。
問題が起きてみなければわからないことを、「理想の企業」小説によって、事前にお伝えしていることになるのです。しかも、感動的な事例として。
その結果、顧客から大きな信頼を得ることができるようになるのです。
また、顧客からの信用が高まるということは、同時に社員の意識が高まることでもあります。
顧客に企業の目指す理想の姿を公開することで、社員はより強く企業の理想を意識するようになり、商品やサービスのクオリティが、その瞬間から飛躍的に高まっていきます。
あくまで理想であることがわかっていたとしても、顧客はそのレベルを期待します。それに応えるべく、社員は「理想の企業」を、事細かに読みこみ、自分自身の行動へと落とし込んでいくことが求められます。こうして、スタッフの意識や行動のレベルは、どんどん理想の企業に近づいていくのです。
つまり、「理想の企業」小説を公開することは、社員一人ひとりの意識が変わり、商品やサービスの品質を高め、顧客からの信用を得ることができるようになり、本当に理想の企業になっていく、という「理想」の循環をつくることになるのです。
<4>感動の企業説明会
「理想の企業」小説を就職希望者にも公開することで、企業説明会は、単なる説明会ではなく、仕事の現場で起こる感動の疑似体験になります。
「理想の企業」小説には、その企業における最高の商品、サービスが、社会とのかかわりの中で、感動のシーンとして描かれています。企業説明会では、それを配布するだけでなく、ムービーにしてスクリーンに大きく映し出して見せてもいいでしょう。もちろん、言葉がスクロールして出てくるだけでもかまいません。できれば、事例のイメージに近い写真や絵を、一緒に表示することができれば、さらに印象深いものになるはずです。
さらに、ホームページにも同じ内容のものを公開しておけば、さらに一般の多くの方々にも、関心を持っていただくことができるようになります。
「理想の企業」に共感して入社を希望してくる人々は、その理想を実現するという強い意識を持っています。そのような人々は、決して仕事をいい加減にすることはありません。彼らは理想を実現するために入社し、その実現の前に立ちはだかるあらゆる困難に勇敢に立ち向かっていくことでしょう。
ビジョンに共感して入社する人々は、生活するために働くのではなく、仕事そのものに意義を感じて働きます。安楽であることを良しとせず、努力を惜しまず、本気で仕事に取り組んでいきます。
そのような新人が入社してくることは、すでにいる社員に対しても大きな影響力があります。すでにいる社員は、理想の会社を実現するべく、見本となって努力している存在でなければなりません。新人から、いろいろと質問を受けることもあるはずですから、理想の会社の在り方を、自分たちがまず熟知している必要があります。そして、もちろん日常の仕事の発言や行動は、新人から注目されることになります。そういう環境になれば、何気ない行動をとることはできません。理想を目指して、行動するしかないわけです。それは、とても素晴らしいことだと思います。
こうして、社員同士が切磋琢磨することで、企業はますます理想に近づいていくようになります。
このように「理想の企業」小説を公開することで、社会的信用を高めるだけでなく、社員の意欲を高め、自発的な行動を促して、「理想の企業」が現実化していくようになるのです。
+++++++
■第三章 理想の企業を描くポイント
<1>社員の生きる姿を描く
-理想のイメージを描き切る
ワクワクする理想はいつでも、どのような環境に置かれていたとしても、誰でも自由に描くことができます。どんなにワクワクする理想を描いてもかまいません。
それを阻むものがあるとすれば、それは環境ではなく、自分自身しかいないのですから。
それでは、これから理想の企業を描くためのポイントをまとめてみましょう。
まず、理想の企業のイメージを、明確に「描き切る」ことが必要です。
それは、たとえ小学校高学年くらいの子供たちが読んでも、そのイメージを理解できるだけでなく、その内容に共感して、すぐにでもその会社で働きたい、といわれるくらいに、具体的な情景を人の心と一緒に表現することだと考えています。
たとえば、会社の様子を伝える時のことを事例に、考えてみましょう。
「事務所の広さは100平米で、社員が10人。事務机の他に、ミーティングスペースが二つあります。とてもきれいな事務所です。やや狭いですが、仕事をするには、特に支障はありません。雰囲気は、明るく元気な職場です」
このようにいわれても、その様子をはっきりをイメージすることはできないと思います。
一方、「描き切る」とは、次のような感じになります。
「事務所に入ると、まず玄関で背丈ほどある大きな観葉植物がお客様をお迎えします。事務所は板の間で、靴を脱いでから入るので、一瞬、知人の家に遊びに来たような感覚になるでしょう。そして、お客様がいらっしゃると、10人の社員全員が立ち上がって思いっきりの笑顔でお客様を迎えるんです。そして、お客様がお帰りになる際には、全社員が仕事の手を休めて、エレベーターの前までお見送りします。その時も、みんな感謝の気持ちを込めた笑顔でお見送りするんです。お客様もみな笑顔になってくださいますよ。職場では、みんなが『チャンス!』と言いながら、仕事をしています。あちこちから『ありがとう!』という言葉が飛び交っているんです。みんな一緒に仕事ができるだけで、感謝の気持ちでいっぱいなんです。そして、誰かが風邪で休むと、全社員で励ましの手紙を書くんです。そうすると、誰でも、すぐに元気になっちゃうんですよ」
このように、その情景をワクワクするように描いていきます。さもそのような事務所があるかのように、さもそこに今いるかのように、描いていくのです。
どんなにワクワクする情景を描いてもかまいません。描くときには、自分がワクワクしながら描くほど、読んだ人もワクワクするようになるのですから。
<2>「理想の企業」を描く時のポイント
「理想の企業」を描く際には、すべての制約条件を取り払って、自由に描いていくことが大切です。
理想の企業を描く際には、以下のようなポイントがあります。
(1)日常のすべての仕事に当てはめること
―当り前と思っていることに、意義を見出す
コピーを取るという一つの仕事があります。
その仕事の意義とは、何でしょうか?
ただ上司に頼まれたからやっている作業でしょうか。それとも、コピーを取ることで、社会に貢献しているのでしょうか。
コピーを取るということは、次のように考えることもできます。
ただ、上司から頼まれたから、コピーを取っているのではなく、コピーを取ることで、営業担当者は、お客様にわかりやすい資料を提供することができる。それを見て、具体的に商品の価値を感じてくださったお客様が、ワクワクしながらその商品を買ってくださる。そして、その商品はコミュニケーション・ツールであり、それを使っていただくことで、お客様の家族の会話が弾み、一緒に過ごす時間が楽しみになる。さらに、その商品のことを聞いたお客様の友人が、新たな購入者になっていただくことができる。そして、世界中の家族が、この商品によって幸せになっていく。
そのために、今これからコピーを取る。
私たちの日常の仕事、つまり、電話をかけたり、メールを送ったり、打ち合わせをしたり、お客様と会話をしたり、モノづくりをしたりすることは、ともすると、単なる作業になってしまいます。
何も考えないでいると、人は目の前のことだけしか考えようとしなくなる傾向があります。そうなると、どんな仕事も単なる作業になってしまい、仕事でワクワクすることができなくなります。
しかし、よく考えてみると、そもそも社会とかかわっていない仕事はありませんし、どんな仕事の先にも、お客様の笑顔や幸せが待っているはずです。
すべての仕事には大切な意義があります。「理想の企業」小説では、すべての仕事の意義を思い出し、あるいはその意義を再認識できるように、わかりやすく描いていくことが大切です。
どんな仕事も、より良い社会をつくるために、そして理想の企業をつくるために、とても大切な仕事ばかりなのですから。
(2)誰もがやる気になる会話
-理想のあいさつの言葉
上司と部下の会話や、同僚との会話なども、理想のイメージを反映させてつくっていきます。
日常の企業活動の中では、いろいろと会話をすることがあります。それはあいさつであったり、情報交換であったり、新しい価値を創造するための議論であったりします。
そしてここでも、何のために会話をしているのか、この会話が最終的に目指していることは何なのか、という意義を考えるのです。
例えば、会話の場面を描くときには、次のように描いていきます。
「この会社で働く人は、毎日必ず笑顔で帰ることができます。どんなに忙しい日でも、トラブルがあった日でも、社員は皆、帰るときには笑顔になるのです。
それは、毎日社員全員で帰りに必ずやることがあるからです。
帰ろうとする人は、会社を出る前に、他の社員一人ひとりに声をかけます。その内容は、相手の良かったことを探し出して、必ず褒めるのです。どんなに相手が落ち込んでいても、その日、その人が良かったところを見つけ出します。
『今日の電話応対の声が、大きくはっきりしていて良かったよ』
『今日、お客様のために、一所懸命に頑張っている姿に感動しました』
『今日のお客様への笑顔が、今までで最高に素晴らしかったですよ』
『あなたが悩みながらも、真剣に取り組んでいる姿に、私がまだ本気ではないことを教えてもらうことができました。ありがとう!』
社員同士が強い絆でつながっている。
みんなが信頼し合っている。
そのような環境にいる時、人はどんな苦しみにも耐えることができるだけでなく、勇気がわき起こってきます。
人は、一人ではとても弱い存在かもしれません。しかし、本当に心からお互いが受け入れ、許しあっている関係の中では、人は無限に強くなることができるのです。
その結果、自然に笑顔になることができるのです」
この事例は、実際に同じようなことをやっている企業を参考にして描いたものですが、まさに明確な目的を持った理想の会話例だと思います。
(3)仕事のレベルを極める
―働く姿が芸術
野球のイチロー選手は、試合前の練習でグラウンドに入ってくるだけで、観客からは大喝さいを浴びます。そして、彼が走っている姿を見ただけで、その美しい姿に観客は感動するといいます。
何でもとことん追求していくと、発する言葉や何気ない行動、さらにはその存在自体が感動になっていくからです。
確かに、イチロー選手のレベルになることは簡単なことではないでしょう。世界トップレベルの技術やプロとしての長い経験、人並み外れた精神力など、イチロー選手は特別な存在かもしれません。もちろんその背景には、血のにじむような努力の積み重ねがあったことも事実です。
とはいえ、そこまでのレベルではなくとも、誰でも出来ることがあります。それは、より強い思いを持つということです。あるいは、どんな思いで、目の前のことに取り組んでいるかということです。
たとえば、「挨拶」という一つの行為であっても、それを極めていくと、お客様を感動させるレベルになることができます。
「挨拶」のあり方を追及していけば、そのしぐさがとても美しくて感動した、と言われることもできるかもしれません。そこまでいかずとも、心の中で、お客様に感謝しながら挨拶したり、お客様に尽くす気持ちを持って挨拶したりすることで、ただ何も考えずに挨拶するときとでは、全く違った印象を与えることができるようになるはずです。
また、舞台俳優は、たとえ脇役であったとしても、主役の横で立っているというだけで演技をしています。それは主役をより輝かせるために、観客の気持ちを代弁する演技であったり、自分の存在を消すという演技であったりします。
これと同じようなことが、仕事においてもいえるのです。たとえば、お客様と打ち合わせをしているとき、話している担当者だけでなく、隣で座って一緒に参加している社員の表情やしぐさ、気持ちが、一緒にお客様に伝わっています。
以前、私の講演会に弊社のスタッフが同行した際、何度も聞いているはずの私の講演会を、後ろの席でスタッフが真剣に聞いている姿を見て感動したと、お客様から言われたことがあります。そのときは、大変うれしく思いました。
私たちは、商品やサービス、そして日常の発言や行動を通して、お客様や他人に、自分の思いを伝えているのです。
できるかできないかよりも、どのような思いで取り組んでいるかが、とても大きな影響を与えています。
そして、それらを極めていくと、芸術的なものになっていきます。
すべての企業活動は最終的に芸術になっていく。そんな意識で、「理想の企業」を描いてみましょう。
(4)常識を超える、想像を超える
-「まさかここまで」と言われる
お客様から「まさかそこまで」と言われるくらいのレベルを目指します。「理想の企業」らしく、あえて常識を超えた発想をしてみましょう。
例えば、もし私が旅館を経営するのであれば、次のような旅館を目指したいと思います。
「ある家族づれのお客様が、ご利用されたときのことです。
『いらっしゃいませ!ご到着、お疲れ様でした。では、こちらで少しお休みくださいませ。何か、ご希望のお飲み物はございますか?なんでもご用意させていただきますので、遠慮なくお申し付けください』
そして、お飲み物をご用意させていただいたときに、次のようなお話をしました。
『実は、二か月前、お客様からご予約を入れていただいたとき、どうしたらお客様に喜んでいただくことができるかを、社員全員で真剣に考えました。そして、お客様のために、社員全員で力を合わせて、手作りの露天風呂をつくることにしました。幸い、裏山はうっそうとした竹林で、すべてが旅館の敷地です。その竹林の真ん中の、誰も気づかれない場所につくることにしました。毎日、順番に社員が集まり、重い石を運んで露天風呂を作り続けました。そして、昨夜は全社員が徹夜で作業をして、今朝ほどやっと出来上がりました。ぜひご覧ください』
竹林の中をかなり奥まで歩いたところに、その露天ぶろはあった。いかにも手作りの風情が漂っている。入口の柱には、お客様の名前が刻まれた木の板が掲げられている。
“福島の湯”
そして、露天風呂の奥の大きな岩には、文字が刻まれていた。
“夢しか実現しない”
それは、お客様が大好きな言葉。
『まさかここまで・・』
お客様は、その言葉の書かれた岩の前で、しばし立ちすくみ、動けなくなっていた」
事例については、このくらい極端に考えてもかまいません。理想を描くときは、自分の中で制約をつくらないことが大切です。常識にとらわれず、お客様の想像を超えるためには、あえて、できそうもないと感じるくらいのことを発想して、ちょうどいいと思います。
実際にどこまでやるかという判断や選択は、いつでもできるのですから、まずはワクワクするかどうかを最優先に事例を考えてみましょう。
とはいえ、想像を超えた発想がなかなか思いつかないという人もいると思います。しかし、ここで大切なことは、どのような思いを持って取り組もうとしているかです。露天風呂のようなアイデアが思いつかないからといって、あきらめる必要はありません。
たとえば、先ほどのお客様との打ち合わせのシーンで、「お客様の想像を超える」ことを考えてみましょう。
「挨拶」という行為も、どんなことを思いながら挨拶するかによって、相手に伝わることは全く違ってきます。
・商品を売っているのではなく、お客様に自分の人生のすべてを尽くすつもりで挨拶する。
・目の前のお客様が、自分の家族の命を救ってくださった恩人と思って挨拶する。
・お客様とお話ができるだけで、感動の涙を流しながら挨拶する
・今日のこの打ち合わせが、自分の人生の最後の仕事であると思って挨拶する。
・今日の打ち合わせで、人類の未来がすべて決まると思って座っている
何を考え、どのような思いで挨拶するかによって、相手に与える印象は全く違ってきます。相手の想像を超える本気は、どんな人にも感動を与えることができます。
(5)情景だけでなく、感情も表現する
「理想の企業」をいかにリアルに表現するかは、その魅力を疑似体験するためには、とても大切なポイントになります。そのためには、自分の心の動きも加えながら、さもそこにいるかのような雰囲気を描いていくことが必要になります。
心の動きをどのように描くかは、次の事例を参考にしてください。
「その日も、Aさんは上司と二人で、夜遅くまで仕事が続いていました。間もなく、新しい日がやってこようとしています。
『ああ、もうこんな時間だ・・・』
いくら残業しても、仕事が終わることはありません。
Aさんは思っていました。
『何とかこの仕事を無事終えて、お客様に喜んでいただきたい。しかし、それにしても仕事量が多すぎる・・・』
見えない出口があると信じて、二人は毎日、一所懸命に働いていました。
Aさんは、何気なく顔を上げたとき、上司は机の上で手を組み、頭をつけて休んでいました。睡眠不足も重なって、もう、クタクタに疲れ切っていたのです。
『何かできることはないか・・・』
Aさんは、さっと事務所を出て行きました。
あわてるように階段を下りて、自動販売機で温かい缶コーヒーを二本買いました。その二本を持って、階段を駆け上がり、急いで事務所にもどりました。
ところが、すでにそこには上司の姿はありませんでした。
『遅かった・・もう、家に帰られたんだ』
そう思って、せっかく買った二本の缶コーヒーを手に持ちながら、自分の机に向かっていくと、後ろで人の気配を感じました。
ふと、振り返ると、帰ったと思っていた上司が事務所の出入り口に立って、こちらを見ています。
両手に、二本の缶コーヒーを持ちながら。
『・・・・』
二人は、お互いが両手に持っている計四本の缶コーヒーを見て、思わず笑顔になりました」
この話のように、「理想の企業」小説では、その状況に置かれた時の感情まで、具体的に表現することができます。全体のストーリーから見れば補足的なものかもしれませんが、その時の雰囲気をリアルに伝えることができるとても効果的な方法だと思います。
(6)すべての人が幸せになること
-企業の成長をすべての人が喜ぶこと
お客様、すべての社員、協力会社、同業他社、地域、家族・・・そして自分。すべての人々が幸せになっていく光景を描きます。
一つの事例として、前述の小説の中で「理想の工務店」(P○○)の話を紹介させていただきました。
それまで、業界の中では仕方がないと思われていた問題を解決し、
また、今までにない価値を生み出していくことで理想の企業を目指していくというお話です。
この話の趣旨をまとめると、以下のようになります。
「その工務店が家を建てることになると、その周辺に住んでいる方々が喜び歓迎してくれます。一緒に手伝ってくれます。さらに周辺に住んでいる方々から、受注をいただくことまでできるようになるのです。さらに、家づくりに関わったすべての人たちが尊敬され、子供たちの憧れの職業ナンバーワンになります。このように、理想の企業になると、関わる人々がみな幸せになることでしょう。そして、すべての人々がその企業の成長を喜ぶようになります。そのような会社は、必ず成長していくはずです」
その企業が成長することを、すべての人たちが喜んでくださるのが「理想の企業」のあり方です。
そのためには、次の三つの重要な要素があります。第一に、この業界では仕方がないことだ、といった今までの業界の常識や風習に、制約されないこと。第二に、目先の利益に振り回されず、未来へつながる大きな価値を大切にすること。そして、第三に、なかなか思いつかなくても、あきらめずに知恵とアイデアを出し続けていくことです。
「理想の企業」というのは、困難や問題が起きない企業ということではありません。そうではなく、困難や問題に取り組んでいく企業としての在り方の「理想」を描くということです。
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■第四章 理想の会社の描き方
<1>理想の一日を描く
それでは、これらのポイントを考慮したうえで、「理想の企業」の情景を、描いていきましょう。
とはいえ、なかなか具体的に描くことは難しく感じる場合もあると思いますので、以下ではさらに、理想を描くための、手法や心構えを紹介していきたいと思います。
それでは、まず「理想の一日」を、好きなように自由に描いてみましょう。
実際にできるかどうかは、考える必要はありません。まずは、自由に遠慮なく、こんなことができたらいいなと思うことを、自由に描いていきます。
また、いきなり完成度の高いものをつくろうとする必要もありません。とにかく、思いついたことを書くことで、次第に自分が目指すイメージがはっきりとしてくるはずです。あとで、気がついたところから一つ一つ理想のイメージにブラッシュアップしていけばいいと思います。
理想の一日は、次のように朝起きたときの気持ちから描いていきます。
【理想の一日】
◆朝、起きたときの一言
-「日本の夜明けだ!」
◆朝、家族にどのような気持ちで、どのようなあいさつをするか
-「おはよう!日本を変えるために目が覚めたよ」
◆朝、起きてからすること
-家族で元気が出るビデオを見ながら、元気が出るテーマソングをいっしょに歌う
◆朝食での子供との会話
-「今日はね、社会をより良くするために、パパの肉体と精神の限界に挑んでくるよ」
◆朝、出かける時の妻との会話
-(妻)「あなた、いったい何しに行くの?」
-(私)「今日は会議があるんだ。社会をより良くするために、最高のプレゼンをして、感動であふれた会議にしてくるよ」
-(妻)「今日一日に人生を賭けるつもりでね!」
-(私)「わかっているよ。ありがとう」
◆朝、会社までの移動時間に考えること
-地下鉄や、車をつくってくれた方々、ありがとう!
-電気・ガソリンなどのエネルギーを供給してくれた方々、ありがとう!
◆会社に着いてから、他の社員と、どのような気持ちで、どのようなあいさつをするのか
-今日も一日、明るく元気に仕事ができるように、最高の笑顔であいさつする。人生最高の笑顔を、今ここで出す
-(部下へ)「おはよう!今日も日本をより良くするために来てくれたんだね。ありがとう!」
-(上司へ)「おはようございます!日本をより良くするために、今日一日、限界に挑みます!」
◆会社に着いてから、はじめにすることは
-郵便ポストからあふれている感謝の手紙を取ってきて、部署別に整理する。
-元気のない社員を見つけて「さあ、一緒に伝説をつくろう!」と励ます。
-他の社員に声をかける「何か困っていることはありますか?私にできることがあれば、遠慮なく言ってください」
◆コピーを取るときには、どのような気持ちで取るのか
-高校野球の一球入魂の球児のような気持ちで、「入魂!」と、叫びながら取る
-コピーを作ってくれたメーカーの方々、そのメンテナンスをしてくださっている方々、動かすための電気を安定供給してくださっている電力会社の方々、一括購入できずとも使用できる仕組みを提供してくださっているリース会社の方々に、感謝しながら取る
◆お客様から、無理難題を言われた時
-「マイ・プレジャー!この日が来るのを待っていました!」
◆問題が起きたときの言葉
-「ようやく、私の出番が来たようですね。これまでいろいろな経験をしてきたのはこの時のためだったんです。まかせてください!」
◆お客様に、お礼の言葉を伝える時の気持ちは
-家族の命を助けてくださった方に、初めて会った時のような気持ちで。
◆他部署の社員に一言
-「何かお手伝いできることはありますか?私にできることは何でもします」
◆昼食をいただくときに一言
-「より良い社会を創るために、今から体力をつけます!」
◆退社するときに、一言
-他の社員に声をかけながら、
「今日も一日、一緒に働くことができて、とてもうれしく思います。明日は、今日よりも皆さんの見本になれるように頑張ります!」
◆家に帰ってきて、家族に一言
-「ただいま!今日も一日、本当に楽しかったよ!明日も早く会社に行きたいなあ。会社に行くことを考えただけで、ワクワクしてきた!今日も寝れそうにないなあ。これから、もう一回、会社に行こうかなあ」
◆寝る前にすること
-自分を支えてくれる家族に感謝
-自分を生んでくれた両親に感謝
-すべての自分の関係者に感謝
<2>良い事例をいっぱい集める
理想の一日を描く一方で、理想の会社のモデルになるような、実際にあった感動的な話を集めてみましょう。
そのような話を効果的に集める方法があります。それは、「充実体験」という記入用のシートを使って集めます。
仕事を通して感動したこと、または充実感を味わったことを、一枚のシートに自伝風にまとめてもらうのです。仕事に関係することであれば、内容や時期は問いません。
はじめて上司と一緒に問題を解決した時の話や、自分が一人ではじめて営業に行った時の話、重大な問題に対処した時の話、結果が見えない中であきらめずに取り組み続けている話など、どんなことでもかまいません。
大切なことは、その時のことをわかりやすく書いてもらうことです。
そのために、記入シートのはじめに、次のようなことを書いておきます。
「あなたが過去、最も充実感を味わった出来事を、一つ思い出して、その時のことを自伝風に、できる限り詳しく書いてください。
◆その時、あなたは何を目指していましたか
◆その時、あなたの置かれた状況はどのようなものでしたか
◆その時、あなたはどのような気持ちでしたか
◆あなたとまわりの人々の関係は、どのようなものでしたか
◆どのような行動をして、どのような結果になりましたか」
このようなことは、シートを渡して頼んだとしても、なかなか忙しい合間を縫って書いてもらうことはできないかもしれません。
そのようなときは、ミーティングの時間の一部をこの記入の時間に当てて、まとめて書いてもらうといいでしょう。記入時間は、30分ほどあれば十分です。
普段はあまり意識していないことをやるときは、みんなと一緒に集中してやると効率が良くなります。
私の研修プログラムの中にも、この充実体験を記入する時間があるのですが、なにも記入できなかった人はほとんどいません。みんなと一緒に書くことで、「何か、書こう」という気持ちが強くなるからです。
そして、記入後は内容を読んで発表します。他の人の体験談を聞くことで、同じような体験を自分もしていたことを、さらにたくさん思い出すことができるようになるからです。
<3>「感動日報」によって、感動体質をつくる
日常の中で感動的な良い話がたくさん見つかる有効な方法があります。それは社員みんなが「感動体質」になることです。
私は毎日、三つのテーマに分けて、スタッフ全員に夢日報を送っています。これを毎日続けることで、仕事や人生がとても楽しいと感じる「感動体質」になることができます。
書き方に厳密なルールがあるわけではなく、とにかくこの三つに該当することを一日の中で見つけ出して書いていくだけです。通常は見落としてしまったり、気がつかなかったりすることを、意識的に見ることで、他人や物事への関わり方が変わってきます。
これらの中でも、ちょっと難しいのが、「今日のチャンス」かもしれません。一般にはピンチといわれているものが、ここではチャンスに該当します。そもそもピンチを書く項目がありません。それは、ピンチというのはピンチと思っただけであり、チャンスと思えばチャンスになるからです。そして、ここではあえて、どんなこともチャンスとしてとらえるようにします。それによって、その出来事から逃げることなく、前向きに取り組んでいくことができるようになります。
確かに、その差は「わずか」かもしれませんが、しかし、その「わずか」な差を、繰り返していくと大きな差になるものです。
以下に、私が実際に書いている夢日報を、参考までに紹介させていただきます。
<今日の感動>
◆お客様との日程調整は、とても大変な仕事なのに、○○さんが楽しそうに、その仕事に取り組んでいる姿。
◆○○君が、とても複雑な社内の配線整備を終了してくれたこと。
◆○○さんの印象に残った言葉
「ありがとうと言われることが喜び」
◆今日のイベントの会場が満員!○○さんほか、知っている人がたくさんいたこと。さらに、○○さんが、わざわざ控室まであいさつに来てくれたこと。
◆受講生のみなさんから、最後に盛大な拍手をいただき、
帰り際には、一人ひとりがお礼を言いに来てくださったこと。
◆○○君が、先輩の○○君から学んで、わかりやすい提案をしてくれたこと。成長をしようとしている姿に感動。
◆今日、事務所でみんなとミーティングができたこと!
<今日の感謝>
◆今日もスタッフみんなと一緒に、夢に向かって仕事ができたこと!
◆スタッフみんながそれぞれ、自立創造型相互支援社会を創るために、がんばってくれていること。ありがとう!
◆とにかく、今日の研修のために、一所懸命に準備をしてくれた○○さん、○○君に感謝!みんなのおかげで、お客様がとても喜んでくださいました。
◆今日のセミナーも満員!遠くからも、たくさんの方が参加してくださった事
◆資料が、研修所に届いていたこと。そして、資料がきれいに包まれてあったこと。資料を手配してくれた○○さん、ありがとう!
◆昨日・熊本、夜・東京、今日・大阪・・・
飛行機と、新幹線をつくってくださった方々、ありがとうございます!
◆出張に行っている間にも、○○さんが本などの企画を私の意をくんで、どんどん進めてくれていること。ありがとう!
◆○○さんが私の睡眠不足を気遣ってくれたこと。
<今日のチャンス>
◆次のイベントの準備の時間がない。集中力を高めるチャンス!!やる気になってきました!
◆あっ!という間に、一日が終わってしまうこと。時間の使い方をさらに工夫するチャンス!
◆参加者のプレゼンテーションの準備がかなり遅れている。最高の支援をするチャンス!
◆寝ないで、夢を追いかけたい!
<4>「理想の企業」を描くことは、理想の企業になること
はじめは短い小説であったとしても構いません。まずは、一つでもワクワクする事例を書いてみましょう、
その事例に、新たな事例を一つ一つ加えていきます。うまく話がつながらなくても構いません。大切なことは、話のつながりよりも、一つ一つの話が、ワクワクする理想の事例になっているかどうかです。
話がつながらない場合には、「第一話」、「第二話」といったように、事例集的にまとめてもいいと思います。それだけでも、十分に理想の企業のイメージを伝えることができるはずです。
毎年、社員が考えた理想的事例や、その前年に実際にあった感動的事例をどんどん加えて行きながら、バージョンアップしていきます。そこに取り上げられることを一つの目標に、社員みんなが事例を考えたり、実際に理想的な行動したりしていきます。
こうして、「理想の企業」小説は、毎日新たな感動物語を加えていくことで、よりワクワクするものに成長させ続けていくことができるのです。
「理想の企業」を描くために、これまで述べてきたことを実践しているうちに、日常の企業活動の中にも、たくさんの感動的な事例があることに気がついたり、毎日の一つ一つの仕事に、とても大切の意義を見出したりすることができるようになります。
また、何が理想かを考えること、そしてその具体的なイメージを作り上げることは、自分が今やっていることを振り返ることになります。自分が今どうすればいいかが、はっきりとわかるからです。それによって意識せずとも、あいさつの仕方が変わったり、電話の取り方が変わったり、他の社員に対する接し方が変わったりすることでしょう。
もちろん、自分だけでなく、一緒に理想を描いた仲間もみんなが、少しずつ発言や行動が変わっていくはずです。
・元気にあいさつするようになる。
・自然に笑顔が出るようになる。
・会議の雰囲気が前向きになる。
・仕事が忙しくてもイライラしなくなる
・自分から積極的に行動するようになる。
・他人の仕事に対しても関心を持つようになる。
・何かあればすぐに、お互いに声をかけるようになる。
私たちは、どうすればより良くなるのかがわかってしまうと、自然にその行動をとることができるようになります。誰でも、自分が楽しく生きていきたい、幸せになりたいと、心の中ではいつも思っているからです。
理想の企業を描いくいく過程が、理想の企業になっていくことになるのです。
「理想の企業」小説を描く。
それは、理想の企業になる過程そのものなのです。
+++++++
■第五章「理想の企業」の組織風土
<1>理想の企業の3つの条件
最後に、私の考える「理想の企業」の組織風土について、ご紹介させていただきたいと思います。
私の考える「理想の企業」の組織風土の条件とは、以下の3つです。
○第一条件 <ビジョン共有>
第一に、すべての社員は、ビジョンに共感していること。
企業のビジョンに共感し、それに基づいて行動することを最優先とするチーム・組織であること。
○第二条件 <自立型姿勢>
第二に、すべての社員は、自立型の姿勢で行動すること。
社員一人ひとりが、いかなる環境・状況の中に置かれたとしても、自らの能力と可能性を最大限に発揮して、道を切り開いていこうとする姿勢を持つこと。
○第三条件 <相互支援>
第三に、すべての社員は、お互いに支援し合うこと。
社員がお互いに信頼しあい、足りないことがあれば、お互いに支援することができる組織であること。
以下、これらについて詳しく述べたいと思います。
<2>第一条件「ビジョン共有」
企業は、社会に貢献するビジョンを達成するために活動するチームです。そのビジョンの実現に向けて、社長以下すべての社員が共に助け合いながら全力で努力します。
そのためには、社員はビジョンの共感者である必要がありますし、また上司ほどビジョンの達成を本気で考え、その達成のために努力していなければなりません。上司がビジョンの達成を本気で思っていない限り、ビジョンは浸透しないからです。
待遇や条件のみで企業に入社してくる社員がいるとすれば、本気で能カを発揮しようとはしないでしょう。また企業も、より安楽な待遇を求める社員のために、大きな負担を強いられることになり、いずれ衰退していくことになります。
入社動機として大切なことは、どこの企業に将来性があって安定しているかを分析するよりも、どこの企業のビジョンに共感したのかを考えることが大切なことだと思います。
売上や利益は、企業がどれだけビジョンに近づき、社会に価値・感動を提供できたかの結果にすぎません。利益が出ないのは、まだ社会に価値・感動を提供できていないからです。
さらに売上や利益を目的にすると、そのために企業は、反社会的な行動をとることさえあります。ですから、ビジョンはそれらに優先するものでなければなりません。企業の存続も、そのことが目的ではなく、社会に貢献した結果なのですから。
<3>第二条件 「自立型姿勢」
企業の内外では次々と問題が起こり続けます。どれほど事前に準備をしていたとしても、クレームが起こることがあります。圧倒的に売れていた商品が、ある日から突然、売れなくなったりもします。
このように、ビジネスの世界では、思い通りにならないことや不測の事態が、常に降りかかってくるものです。しかし、このような問題が起きることが問題なのではなく、本当の問題は、それらをどのように乗り越えていくかです。それらをチャンスとしてとらえ、自らを改善・向上することによって乗り越えていくのが自立型姿勢です。
いかなる問題も、考え方次第でチャンスにもなれば、ピンチにもなります。そこには、チャンスとしてとらえたか、ピンチとしてとらえたかという意識の違いがあるにすぎません。しかし私たちは、問題が起きたときに、意識的にチャンスとしてとらえるようにしなければ、無意識にピンチとしてとらえてしまう傾向があります。そして、いかなる出来事も、ピンチではなくチャンスとしてとらえることができれば、前向きにその問題に取り組むことができるようになるのです。
そうなれば、その原因は自分自身にあったと考えることもできるようになります。会社や上司、部下、顧客などに原因があるのではなく、根本的な原因を自分自身に見出します。そうかんがえることで、自分がどうすればよかったのか、これからどうすべきなのかもわかってきます。
そして、これから自分ができることを考えて、行動していきます。行動するほど、あらゆる問題は解決に向かっていくのです。
このような姿勢で、社員がみな行動することで、社会により大きな価値・感動を提供し続けることができるようになります。さらにその結果として、企業は大きな利益を得ることもできます。
また個人にとっても、自立型行動をとるということは、努力を必要としますので、その結果として、それに大きな充実感を得ることができるのです。
いかなる問題が起きようとも、すべての社員が自己責任で考え、いかなる困難をも乗り越えていく企業が、最も強い企業です。誰もやりたがらないことを、自分の出番と思ってやる社員が多いほど、企業はより強くなり、誰でもできることしかやらない社員が多いほど企業は弱くなっていきます。
<4>第三条件 「相互支援」
企業とは、目指すべきビジョンに向けて、共感によって集まった人々が相互に協力し合って、一人では成し遂げることができないことを成し遂げるためのチームです。
相互支援型の組織では、企業の中の情報、ノウハウなど経営資源が共有化されています。個人で見ると、その個人にとって必要な情報・ノウハウ・ネットワークなどがまわりの人々から提供され、一人の力だけではどうにもならないような目標であっても、達成することができるようになります。
個人と個人、部署と部署、上司と部下、本社と関連会社、これらはすべて相互に支援する対象です。
相互支援とは、相手に何かを求めるのではなく、自分が相手のために何ができるかを考えることです。
個人と個人の関係で言えば、お互いが他人を支援する。そうすると、結果として、自分に足りないものが他人の支援によって集められ、自分一人では到底できなかったようなことが実現可能になるのです。
また、自分から相手を信頼することで、相手からも信頼されるようになります。こうして信頼関係ができると、組織の中で孤独を感じるというようなこともなくなり、精神的な安定を得ることもできるようになります。
部下は上司を信頼して支援し、上司は部下を信頼して支援する。それによってお互いの心に強い絆ができると同時に、不満やストレスもなくなり、職場は活気あるものになっていきます。職場に活気がない大きな理由の一つは、相互に信頼して支援していないことによるものです。
さらに他部署の支援は、組織全体の活性化にとって、とても重要なテーマだと思います。他部署のために何ができるかを考え、どれほど小さなことでもできることを支援します。それによって、大きな問題を抱えている部署であっても、社内の資源を最大限活用し、さらに大きな勇気を得て、それらを乗り越えていくことができるようになるからです。
問題の解決を一個人や一職場、一部署の範囲で解決しようとするほど問題の解決は難しくなっていくものです。
このような相互支援組織において、最も大切なことは、他人や他部署を支援しようという気持ちを持つことです。
ただ、支援といっても、その時何をしていいかわからないこともあるでしょう。しかし、難しく考えることはありません。なぜなら、最高の支援とは、「励ます」こと、そばにいること、声をかけること、なのですから。何よりも大切なことは、一つのチームとして、相手を思いやる気持ちを持つことなのです。
私の考える理想の組織とは、企業のビジョンを達成するために、一人ひとりがビジョンに基づいて自発的に努力し、お互いに助け合う組織です。それは仕組みとしての組織ではなく、チームメンバーの心が一つになっている、いわば「意識の組織」といえるものです。
この「意識の組織」ができていてこそ、仕組みとしての組織を最大限に機能させることができるのだと思います。
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(おわりに)
-理想の企業に対する私の思い-
私は社会に出て、すぐに会社を創りました。
はじめは全く売上もなく、生きることだけでも精いっぱいの状況が続きました。そのころの私にとって、仕事は疲れるものであり、会社を経営することは、想像以上に苦しいものでした。
その時から、「理想の企業とは、どのようなものなのか」ということが私の頭の中から、ずっと離れることはありませんでした。
仕事は、本当に疲れるものなのか。いつかは、楽になるのか。
社会人は、本当につらいものなのか。いつかは、楽しくなるのか。
企業が成長するのは、いったい何のためなのか。企業は利益を出すことが、最終の目的なのか。
企業の中で、人間にとっての真の幸せを得ることはできないのか。
そもそも、いま世の中にあるものはすべて、人々を幸せにするために考え出されたものなのではないか。
資本主義や、株式会社制度などは、人間が幸せになるために生み出されたものだと思います。
しかし、その中で生きている人たちが疲れ果て、さらには精神的に行き詰ってしまうことがあるということは、とても残念なことです。
いったいどうして、このようなことが起きてしまうのでしょうか?
このようなことを考えながら、私は、社会における自分の役割とは何か、自分がこの人生をどのように生きていきたいのかを、ずっと考えて続けていました。
世の中に疑問があっても、仕方がないとあきらめて生きていくことが自分の人生なのだろうか。
理想を追い求めて、もし実現しなかったとしたら、すべてが無駄になってしまうのではないか。
そうはいっても、そもそも自分にそのような能力や可能性があるのだろうか。もっと、もっと自分には計り知れないような大きな力が、世の中に働いているのではないだろうか。
自分一人だけでは、どうにもならないことばかりなのでは・・・
自分なりに考え抜いた結果、私は、一つの結論を導き出しました。つまり、「一生涯、理想を追い求めて生きていこう」と決めました。
その理由は、そのような生き方が、最も自分らしい生き方だと確信したからです。
できるかできないかではなく、自分らしく生きる。
できるかできないかではなく、理想を追い求めて生きる。
この小説は私が、まさに理想と思うことを、一つの形にしたものです。
・企業の最終目的は、すべての人々を幸せにすることにある。
・その光景を誰もがワクワクするように、具体的に描く。
・それによって、自分の役割と、行動が明確になり、毎日がワクワクする。
理想の企業、それは、描いた時点では、架空の企業かもしれませんが、しかしそれはすべての人が幸せになることができる、夢の企業像です。
人は夢があれば、どんな困難でも乗り越えていくことができます。そこに生きている意味を見出すことができます。
企業で働く一人でも多くの方々が幸せになる一つの方法として、理想の企業を描いていただくきっかけになればとてもうれしく思います。